岡田准一が、平手友梨奈が、「その場」に立つ意味

江口:うん、どうしようかなと思ったんですけど、やっぱりせっかくの実写映像なので。僕はやっぱり映像化するからには原作のマンガや小説ではできないことをどうやってやるかなと思っちゃうものだから、原作至上主義の人からするとそれが余計だと言われちゃうんだけど、映像でなければ見せられないものを、というところでああなったんですよね。あれもすごく特殊な撮影だったし、何しろ平手ちゃんが、あれ、合成じゃなくて本当にあの中に立ってやってくれたんです。

―― えっ、そうなんですか。

江口:安全対策はもちろんしっかりやっているんだけど、鼻の中にもういっぱい砂ぼこりが入っていると思います。

―― ひえーっ、そうなんだ。CGで、合成で、というのは考えなかったんですか。

江口:これはでもやっぱり岡田(准一)さんともよく現場でそういう話にもなるんだけど、やっぱり本当にやっているということがね。今、CGがすごいだけに、見る人たちの気持ちの中にも「どうせCGでしょう」という醒めた部分もあるわけなので、もちろんCGも使うんだけれども、それでも、あの場面でああやって岡田准一が、平手友梨奈が本当に体を張ってやっているということから生まれる何かが。

―― それって、伝わるものですか。

江口:伝わりますよ、やっぱり。いくらCGの技法が向上したとしても、それを超えられるものはあるなというのは思いますね。たぶんそこを突き詰めていくと、ハリウッドや他のアクションとは違う可能性を探れる予感はします。

―― 最近火星に探査機が軟着陸しましたけど、どこかでCG見せられているんじゃないかという嫌な思いが抜けないですよね。

江口:そうそう(笑)。アポロの月着陸中継のときからすると。

―― 「きれい過ぎる」みたいに思ったりして。

江口:でも考えてみればアポロの時代から都市伝説として、「あれも実はスタジオで撮ったんじゃねえか」みたいな話もありましたよね。もう何が本当なのかよく分からない。

―― それを題材にした「カプリコン・1」という映画があったくらいで。

江口:そうそう。でもね、この映画の“団地パニック”の自慢をするなら、「CGと分かっていても面白い」ってところだと思うんです。

―― え? だったらリアルがいらなくなりませんか。

江口:CGだけではあのハラハラさせる動きや表現はなかなか難しいので、実際に崩れる仕掛けの中を、岡田准一が本当に落ちそうになりながら走った映像を、CGと合成してるんですよ。

―― そんなに手間を掛けても、面白いCGの中に「本物の役者」を入れ込みたかったんですね。

江口:ハリウッドや他の作品でもケースバイケースで、(実際の役者で)やらなくはないのですが、危険な撮影をするよりも完全にCGで作ってることも増えてきてますね、今は。そういう意味では全部CGのほうが合理的とも言えますが、我々も非合理的な、体育会系的な「気合と根性」でやっているつもりもなくて……。ニュアンスが難しいですね。ここが間違って伝わるのはプロとして辛いので。

 岡田准一は「危険でも自らやっている」ということの価値へのこだわりがすごいのです。身体能力がここまで高くて、かつ、自ら危険なアクションをする人は、今は世界でもあまりいないと思います。そして、平手友梨奈みたいに爆発の中に自ら立つ人もそうはいない。

―― そういう役者の身体を張った“演技”は、手間をかけてもCGの中に入れ込む意味がある。

江口:はい。

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