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:日本以外では、町の医院のレベルでCTを持っている国なんてそうそうないわけです。そして、COVID-19って結構典型的な肺炎像が出ることが多いんですよね。なので、ちょっとでも疑わしいと思ったら、肺炎だと診断をしてしまって、その上でPCRをやるので、当たりの率が高いんです。かつ、PCRが陰性でも、肺炎がある時点で治療の必要はあるので、入院させちゃう。

編集Y:疑いのある患者さんをひっかけて、すぐ隔離できる。

:はい、疑い症例として、病院で隔離しちゃう、そういう症例もそれなりにあると聞いています。日本の場合はCTスキャンで感染の可能性がある人を早く拾い上げている。検査体制は、単なる検査数ではなく、感染者の拾い上げで見るべきで、その意味では世界で最も精緻であると言ってもいいくらいです。

編集Y:ずいぶん印象が違いますね。

:そうなんです。欧米各国に比べて日本の検査が緩いということはまったくなくて。一方で、確かに、PCR検査自体のキャパを早期に拡大できなかったというのは日本の悪いところなんです。仮に現状のままで、もっと大きいウエーブが来たら最悪なんです。

 しかし今回は、流行状況がひどくなかったという幸運も寄与して、おかげで日本では検査については、結果としては適正水準で行われていたと言ってもいいんじゃないの、と評価できるぐらいなんですね。

編集Y:へえー。

:少なくとも、米国や英国に「検査が足りないぞ」とは絶対言われたくない(笑)。ニュージーランドや韓国の人に言われたら、うーん、まあ、君たちはとっても頑張ったよね、と答えざるを得ないですけれど。

 付け足しておきますと、韓国が対応できたことには理由があるんです。韓国はSARS(これは少数ですが)もMERSも流行したので、そのときに法律を改正したりしているんですね。いざというときは国に個人情報を提供してでも、接触者調査ができるという時限法というか、特別法なんですけど。そのときにつくったPCR検査網と、それを支えるベンチャー企業が日本の100倍以上はあるわけです。なので、キャパシティーはもともと大きいんです。

 だからそこは、日本は韓国に見習うところはあると思うんですね、今後の流行を考えても、この新型コロナに限らず、ほかの病気が入ってきたことを考えても。

ならば抗体検査、抗原検査はどうですか?

編集Y:PCR検査がそういう状況ならば、抗体検査、抗原検査はいかがでしょう。

:ウイルスに感染すると、体がそれに対抗する抗体という分子を作ります。抗体が反応するウイルスのタンパク質を「抗原」と呼び、抗原検査はこれの検出を行います。ですので、考え方としてはPCR検査と同じですね。PCR検査よりも迅速で特異度も高いのですが、感度は落ちます。

編集Y:感度が落ちる。ということは、偽陰性(陽性の見逃し)が大量に出てしまう。半面、陽性の確定には使えると。では、使い方としてはPCR検査と同じになるわけですか。

:おっ、分かってきましたね(笑)。そして抗体検査は、体の中に抗体の分子があるかどうかを探すということなんですね。つまり、過去から現在までに感染したかどうかをある程度見られるという検査です。

 しかし、抗体の応答、実際にどういう抗体ができるか、どのぐらいの間維持されるか、実際に抗体ができた、イコール、二度とかからないという免疫になっているのかなどについてはまだ不明なことが多くて、研究が必要な状況です。

編集Y:ウイルス本体を見つけるのではなく、体の反応から調べるから、手間というか、推論と検証が必要なんですね。

:そもそも感染したら免疫がつくのか、と聞かれれば、「おそらく」と答えます。猿でもつくことが分かっていますし、一度かかった人はあまりかかっていないので。ただし、どの程度の人に抗体ができているかの割合、免疫の強さ、防ぐ力がこの抗体ができるのときれいに相関しているのかはまだよく分からないところがあります。

編集Y:そういえば、風邪の一部はコロナウイルスが引き起こすのですよね。抗体ってどうなっているんですか。

:はい、風邪のコロナウイルスを感染させて、抗体がどのぐらいできるか、維持されるかを見た研究が1990年代にあるんですけれども、抗体ってわずか8カ月ぐらいしか持たないんですね。つまり、冬に風邪に感染すると次の冬にはまた風邪に感染しやすくなっているんです。そういったことが今回のウイルスでもあるんじゃないかというところで、いまだにこれは不明になっています。

編集Y:うーん。

:抗体・抗原検査のスタンダードな方法としては「ELISA (Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay、エライザ)法」というやり方があって、これは研究室などでやるんですけれども、実際にどうやって行うか、どこのキットが一番いいかというゴールドスタンダードがまだできているとは言えない状況なんですよね。ですので質はばらばらです。ましてや、スピードを優先した簡易抗体検査に至っては拙速に開発されたものが多くて、品質も不安定なものが多かったのです。

 これは大問題になっていまして、米国では30種類以上の抗体検査のキットが緊急で承認されたのですけれども、今現在生き残ったのはわずかで、そこからさらにふるい落としが始まって、結局、残るのは2つの会社(2種類)ぐらいになってしまうのではないかというような状況なんですね。

(弊社の記事ですが、こちらも参考になりました:日経メディカルオンライン「『免疫パスポート』という甘美なゴールを目指して」)

 そして、PCRと一緒で偽陽性、偽陰性、それから、判定が難しいという問題はどこまでもつきまとってきます。なので、現時点で抗体検査を広く疫学調査目的として行っても、精度を確認しないと、正確な状況の把握はできないだろうというのが、我々の間では一般的な考え方です。

編集Y:信頼に足る検査手法じゃないと、やっても仕方ないということでしょうか。

:はい、検査方法がまず確立されて、普及されるまでは行わない。そこが大事です。

編集Y:専門家の方からは、もしかしたらナンセンスに思えるかもしれませんけれど、早期・大量の検査を主張する方々からは「拙速でもいい、とにかく何か手を打ちたいんだ」という、ある意味前向きな気持ちを感じて、これまた、個人的にとても共感できるんですけれど。

:気持ちは私ももちろん分かります。でも、不十分な検証で、実態と異なるおかしな数値が出てしまえば、たとえ「これは実験的な調査」とかの断り書きを入れても、それだけで、国や世界の政策が大きくねじ曲がる可能性がある。狂った物差しを使うことを認めれば、間違ったことを言ってしまう可能性がある。まして、医療機関や政府がそれに沿って動いたらどうなるか。医療関係者はそこを恐れているのです。

編集Y:もうひとつ。「高齢者などのハイリスク層を厳重に監視すればいいのでは」という意見があります。日本は介護施設などのレベルが高いおかげか、高齢者層の死者も諸外国より低いそうですし、これはアリじゃないのか、と思うのですが。