自分の人生の(おそらく)最後のクルマ、マツダのCX-30。その開発責任者(主査)に、オーナー目線で根掘り葉掘り聞く異例の企画、第2回です。
前回は内装、スイッチ、ナビ、そして「ハンズフリー電話で、なんでこんなに話しやすいんだ」と、クルマの記事らしくない話に花が咲いてしまいました。
今回も脱線また脱線、「主査のお仕事って雑誌の編集長に似てますね」という暴論から広がって、デビュー時の石原さとみさんの写真など挟みつつ、
「やりたいことがみんなバラバラなときに、リーダーはどうすべきか」
「二律背反はチャンス」
「佐賀さん、英語が話せないのにデトロイトに行く」
「異文化でも話が通じたワケ」
「おとうふメーカーに聞いた。『白い物体』を作っちゃダメ」
「デスクYの原稿の直し方」
「なぜ大昔のクルマを参考にしたのか」
そしてタイトルの「クルマに“味”が生まれる理由」に続きます。
お仕事の合間に、どうぞごゆっくりお楽しみください。
「理想」へのアプローチ
―― 前回は内装の話で終始してしまいましたが、こんどはクルマを造っていく過程のお話を。マツダの新世代商品、いわゆる「第7世代」の第1弾となった「MAZDA3(日本発売は2019年5月)」と、「CX-30(2019年10月)」は、同じクラスのファストバック/セダンとSUVですよね。でも、比較すると意外に寸法が違ったりして(下参照、FF、2リッターガソリンエンジン搭載「20S PROACTIVE」で比較)。
MAZDA3とCX-30の主要な数値
|
全長×全幅×全高 |
ホイールベース(mm) |
車重 |
MAZDA3(ファストバック) |
4460×1795×1440 |
2725 |
1360kg |
CX-30 |
4395×1795×1540 |
2655 |
1400kg |
マツダ CX-30開発主査 佐賀尚人さん(以下、佐賀):はい、ハード面の共通化ではなくて、ソフト面、「これが理想」という考え方を共通化する。それを実現するためにはハードの違いを許容する。けれど、設計・製造のシミュレーションを先行して行うことで、開発の時間とコストを低減する。もちろん製造もですね。言うは易くで大変悩み、苦労もしましたが。
―― 「理想」にどうアプローチするのかですが、ご神体じゃないですけど、まず「こういう具体的な理想の姿」があって、これをファストバックやセダンで表現すると「3」になって、SUVで表現すると「30」になるんだよね、という感じでしょうか。
佐賀:そうですね、「マツダとしての理想って何」というところから入ります。我々は車種も少ないので、「どのクルマに乗っても、マツダらしい」と感じていただきたいですからそこは外せません。その中に、それぞれの商品としての表現の違いというところはあってもいい。我々は、これはマツダ言葉ですけど、「固定」と「変動」と言っているんですけど。絶対に変えないところ、変えていいところが、設計だけではなく考え方にもあるわけです。
―― 固定と変動。金井(誠太相談役、元会長)さんからよく聞かされました。
※「固定と変動」で、どうやって「ハードの共通化」よりも「ソフトの共通化」を達成し、しかもコストダウンを図るかについては、『マツダ 心を燃やす逆転の経営』の7、8章に詳述しました
―― 「固定」と「変動」は、CX-30とMAZDA3の場合は具体的にどういうやり方で。
佐賀:技術をやっている、技術主査的な人間がいます。彼らがプラットフォームとかボディーとか、そういうところのトータルで、「マツダとしての性能はこうだよね」というのをまずつくる。その上で僕ら主査が、車種ごとの表現というかコンセプトをアレンジしていきます。
―― 技術的な「固定」要素は、CX-30用とMAZDA3用があるんですか。
佐賀:技術要素は1つです。あとは適用開発で、それぞれの主査、CX-30は当時は僕、MAZDA3は当時は別府(耕太、現ブランド戦略部 部長)がそれぞれの商品の中での、コンセプト、パッケージ、デザインをそれぞれ分けてやっていく。
―― 「3はスタイルと走り、30はユーティリティー、3より間口を広く」みたいな。
佐賀:はい。そこは初めに、お互いでつくります。これは会社のビジネスの企画部門も含めて、我々は「スモール商品群」と呼んでいますけど、このCカークラスをどう戦っていくかというところから話し合います。本当に初期から、僕と別府はこうやったら(佐賀さん、手を伸ばしてYの肩に触る)会えるくらいの席でやっています。
―― へえ! 近いですね。その開発チームはどんな陣容で?
佐賀:私の居るところは、100人以上いる事務所なんですけれど、そこに我々商品主査がいて、先ほどの技術主査、開発の設計・実験の窓口、パワートレインの設計・実験の窓口が同じ部屋にいるんですよ。そこでいろいろと我々が考えたことを、じゃあ、具体的にどう設計して、実験して、開発しようかという戦略的なことをぱっと集まって決めてという形で、かなりコンパクトに進めています。
主査の仕事と、編集長の仕事
―― 取材で主査の方に何人もお会いして、このお仕事って何に似ているんだろうなとずっと考えておりまして、作ってるものは全然違いますけど、我々出版の業界で言ったら、「雑誌の編集長に似ているのかな」と思ったりするんですよ。
佐賀:そうですか。
―― ここで1つ、佐賀さんにも読者の皆様にもどうでもいい自分話をしますと、もう20年前ですね、血気盛んなころ、俺に新しい雑誌をやらせてください、みたいな感じで手を挙げて、出版までこぎ着けたことがあったんです。
佐賀:いいですね。
―― いいですよね。実は自分でもいいなと思っていました(笑)。ところが、いざ船出しようとしてみると、編集の人間も、販売も、広告も、あるいは外部の協力してくださる方々も、案外「やりたいこと」が違うんです。自分の上司も部下も違う。みんな自分なりの夢があるんですよ。
佐賀:うん、そうでしょうね。
―― 「自分はこういうことをやりたいんだ、それをYさんの雑誌で実現したい」と。特に社内から博打を承知で集まってくれた若手にそう言われるとものすごくほだされる。それをなんとか形にしようと、自分で今思っても泣けるぐらいまじめに働いたんですけど、出てくるものに、自分の好きな要素がどんどん消えていって、「あれ、俺、こういうのを作りたかったんだっけ」と。
佐賀:(頷いて)すごく分かります。
2号まで出した幻の雑誌。初号表紙はデビュー間もない石原さとみさん。ああ、古傷がうずく。この雑誌に携わってくださった皆様、力不足で大変ご迷惑をお掛けいたしました。
―― いつしか「みんなの要望をバランスを取って何とか1つに束ねた」みたいな、固まり感というか「これがやりたいんだ」と読者に訴えるところがまるでないものができあがって、当然まったく売れず、売れないものだから自信もなくなり、ますます人の意見に引っ張られるようになって……と、なんだか思い出して泣きそうになってきたのでこのくらいにしておきますが(笑)。要するに、「雑誌は1人では作れない。関わる人の気持ちを1つの方向にまとめていく必要がある。そのビジョンも、納得させるテクニックも自分にはなかった」と、今なら分かるわけです。
で、CX-30もMAZDA3も、新雑誌どころではない予算と人員を投じて、しかも会社の次世代を担う、超責任重大な、ぴっかぴかの新製品じゃないですか。
佐賀:はい、そうですね。
―― 雑誌1つでプレッシャーに潰されかけた自分としては、佐賀さん、別府さんは、いったい何を信じて、何を頼って戦い抜けたんだろうなと。すみません、長々と。
佐賀:いやいや、さっきの編集長の話を聞かせていただいてすごく「なるほど、どこでも一緒だな」と思いました。
―― そうですか。
佐賀:やっぱりいろいろな部署を束ねるというのは一番難しい仕事で、そして、それこそが主査に任されているところだとは思うんです。
―― 似たところはあるわけですね。
佐賀:はい、あります。そこをまとめていきながら、自分のもともとやりたかったことを実現する。それも権限で押し通すのではなくて、社内の人に同じ思いになってもらう。というところがすごく難しい。
―― そうですよね(涙)。
佐賀:もう、それそのものが主査の仕事だ、と思ってやってきました。
「やりたいこと」を1つの方向へ向けていく
―― そうか、そうか。「あなたのやりたいのはここまでかなえたよ」、じゃなくて、「あなたのやりたいことはこういうことだよね」と、統合していかなきゃいけなかったんですね。
佐賀:うん、「これをやりたい」というのは、人それぞれで違って当然ですよね。主査として自分が心がけたのは単純なことの繰り返しです。「僕はこの商品で、こういう人にこういったものを提供したい」と「そのためにはこういった寸法、性能を担保したい」というのを、ことあるごとに言っていたんですね。
―― はい。
佐賀:例えばデザインの人から、「もっと屋根を落とした(屋根を低くする)方がスタイリッシュに見える」と提案がある。あ、これは実際あったんですよ。
―― なるほど「これがやりたい」が出てきた。で、どうされるんですか。
佐賀:「やってもいいよ」と。でも、僕らは「4人全員がこれこれの条件を満たして乗れることがこのクルマで提供したい価値だよね。だったら、屋根を落としても4人乗れるようにしてください」と返すんですよ。ついでにちょっとヒントを与えるんですね。天井の内装のところは絶対まだ工夫のしようがあるから、屋根が下がっても内側の高さはキープできるかもしれないよ、とか。
―― ふーむ。
最終的に、屋根のラインは維持したまま、リヤウィンドウ下端を後ろに引き、Dピラー(一番後ろの柱)を寝かすことで、スポーティな外観と居住性を両立させた。
佐賀:リアゲートでも同じような話がありました。デザインの議論の中で、特徴的なリアビューを実現しようという目標と、実用性のトレードオフが発生しかけた。
―― 二律背反ですね。議論をどうリードしたんでしょうか。
CX-30の外観上の大きな特徴が、グラマラスな後部のデザインだ。後ろのタイヤ回り(リアフェンダー)でぐっと膨らみ、リフトゲートで反動のように絞り込まれている。
佐賀:そこで、「答えはこうだ」と思っていても、主査はそのまま言ってはいけないんです。「荷物の積み下ろしのために最適な地上からの高さはどこですか。幅はどのくらいですか。そこは守らないと、根本的な価値を損なっちゃいますよね」と。そうしたらデザイナーが「そうか、やっぱりこのクルマはファミリーの方も乗るんだから、荷室の開口も広くしなきゃいけないよね」と、デザイナー自らリフトゲートを大きくしにいくわけです。
―― へえ。
佐賀:そうすると、こんどは設計さんが、「リフトゲートが大きいと剛性が保てないから、もうちょっと小さくしたい」と言うんですね。
―― あらら。
佐賀:だったらその剛性を、開口部を狭める以外で稼ぐ手はないのか、という話になるわけです。こうなったらしめたものです。つまり、「お客様の価値として、荷室の開口は大きくて、しかもマツダらしい剛性感のある運転感覚を実現しなければならない」となったら、自然と検討する前提条件がそろうじゃないですか。つまり背反する性能を実現しようとする人たちが同じ条件で検討を始める。敵ではなく、同じ目的を達成する仲間になるので、これまで出てこなかったようなアイデアが出てくるんです。不思議と、できないと思っていた性能の両立ができるようになるんです。
―― そうだ、リフトゲートの話はWEB CARTOPさんの記事で読んですごく面白かったんだ。樹脂と鋼板の組み合わせで作っているんですよね。
佐賀:これ、すごくえぐれたデザインですよね。そして実はサイズがすごく大きいんです。
リアゲートの「すごくえぐれた」デザインが作り出すくびれのおかげで、後ろ姿がぼってりせずに済んでいる。
―― 大きい?
佐賀:上位車種のCX-5ぐらいあるんですよ。
―― え? とてもそうは見えないですよ。
佐賀:見えないでしょう。それは、これは実はサイドから見るとスラントしているので。
―― あー、そうか。斜めになっているから実は体積でいうと大きい。
佐賀:大きいと何が起こるかというと、こういう鉄板物って社内で作るんですけど、プレス機に入らないんです。
―― でかくて入らない?
佐賀:でかくてプレス機に入らないので、「どうしよう」がまた始まるわけです。「じゃあ、もっとリフトゲートを縮めてください」「いや、このクルマはやっぱりスタイリッシュじゃないと。そのためには今の形を守りたい」って。じゃあ、鉄板でプレスした部材に樹脂を組み合わせよう、というアイデアが出てきた。
―― いっそ全部樹脂でやっちゃう、とかは。
佐賀:そういう話もありましたが、そうなると余計にコストがかかっちゃうんじゃないかと。じゃあ、「できるところは鉄板で、できないところは樹脂で」となりました。
―― どの辺までが樹脂なんですか。
佐賀:ここの部分は樹脂をかぶせています。
黄色の部分が樹脂。佐賀さんのお話を基に編集部で着色しました。
ちょうど工場で、樹脂部分を取り付ける前の写真がありました。見比べるとリアゲートの下の部分は鉄板そのままであることが分かります。WEB CARTOPさんの記事によれば、素材の違いで塗装のズレを出さないように、大変な苦労をされたとか。
佐賀:ここのリアコンビランプの部分、これを細くしゅっと通しているじゃないですか。ランプの下のボディーの部分のR(曲率)がシャープに出た方がすっきり見えるんです。これが鉄板だとだらっとしたラインしかできないので。
―― 後ろのライトの上下の線ですね。
佐賀:そうです、そうです。樹脂を使うことで、ランプのところとここのリフトゲートのところがきゅっと詰まってシャープに見えるんです。
―― そういうところで違いが出るのか。
そう聞いてみると、なるほど、リアのランプの回りがシャープに見えます。
佐賀:リアがきれいに見える理由の1つだと思います。デザインと製造が相反する条件になったけれど、それをクリアして、しかもよりデザインで「やりたいこと」に近づけることができました。そういうことをいろいろやっています。
バランス取りは仕事ではない
―― これも金井さんお得意のあれですね、「二律背反はブレイクスルーのチャンス」という。
佐賀:そう。結局ノーはないんです。どうやってできるかで。できませんじゃなくて、じゃあ、どうやったらできるんですかを考える。
―― あの本で金井さんに言われて一番心に痛かったのが、「バランス取りは仕事じゃない。なぜなら付加価値を生まないから」だったんです。
佐賀:そう、背反する課題が出たら、1つ上に行く機会だと。
(※精神論ではない具体的な乗り越え方も金井さんは語っていました。『マツダ 心を燃やす逆転の経営』』164ページ「公開! 二律背反の乗り越え方」)
―― ゆえにリーダーは原理原則を述べて答を言わす、ヒント出しに徹してブレイクスルーを促す。うーん。これって、金井さんが「モノ造り革新」でこういうことをワーワー言い出す前から、佐賀さんは自分の中に内面化していたんですか。
佐賀:いや、そんなことはないですよ。金井さんが主査、そして開発の長であるころ、僕はいっぱしのぺえぺえで、「そうは言うけど、やっぱり実際にやるとなったらそうはいかないよ」ぐらいに心の中で思っていたと思います。リーダーは答を示すものだ、みたいな思い込みもありました。
―― 私もそれはインタビューで何度金井さんに言ったことか。
佐賀:それでも、ことあるごとに金井さんから「理想を追え」「原理原則だ」「二律背反はチャンスだ」と聞いていて、自分に何か1個でも、小さくても、それにのっとった成功体験が生まれて、「あ、こういうことか?」と思うと、そこからすごく気持ちが楽になっていく。たぶんみんなうちのエンジニアはそういう経験をしているんじゃないかな。
―― 佐賀さんはご自身の、そのファーストステップって何だったか覚えていますか。
「おい、お前に聞いてるぞ」「えっ?!」
佐賀:僕は何だろう、一番の若いころのチャレンジは、これもクロスオーバー系なんですけど、フォードとのジョイントプログラムで「トリビュート」というクルマが。
―― トリビュート、ありましたね。
佐賀:トリビュートとフォードの「エスケープ」、これは兄弟車だったんですけど、僕はシートの担当で、フレームとか全部一緒だったんですよ。だけど、シートのデザインが全然違う。そんなの、できるわけないじゃないかと(笑)。
―― そりゃそうですよねえ(笑)。
佐賀:でも、なんとかマツダならではのシートを同じフレームで、同じフォードのサプライヤーさんと作ろうとするわけです。それで僕は何をやったかというと、そのフォード系のサプライヤーさんに1カ月ぐらい1人で乗り込んで、事務所に入って、みんなと意思疎通をするようにして。
―― 佐賀さんは英語が堪能だったんですか。
佐賀:いや、その時点で、英語はからっきしだったんです、僕。
―― えー?
佐賀:最初の打ち合わせで日本にフォードの方が来て、名刺を渡した次の瞬間に会議に呼ばれ、みんなが英語で話しながらこっちを振り向いて、隣の人に「おい、佐賀、お前に聞いているんだぞ」と言われて脂汗を流して。
―― 悪夢だ。
佐賀:でも、やっぱり人間って何かを本当に必要とされると何でもできるんですね。その次の日から英語の辞書を会社に持ってきて、もう本当に会社で勉強して、それで1カ月向こうに行って。
―― 通訳とか。
佐賀:通訳なしです、当然です。デトロイトにはマツダの人間は誰もいないので、レンタカーを借りて、1人でフォードのサプライヤーさんのオフィスに行って、そうしたら、ラッキーなことに温かく迎えていただいて、小さな部屋を与えられて、そこに毎日担当の方が「で、サガは何をやりたいんだ、どうすればいいんだ」と聞きにくるようになった。
―― すごいですね。
佐賀:そういうところで、なるほど、いろいろな物づくりがあるし、絶対人間同士って分かり合えるんだなと思えて、そこからすごく何でも気が楽になりました。「問いには絶対何らかの答えがある」だろうと。
どうして通じ合えたのか?
―― だって言葉の通じない人と通じ合えちゃったんですもんね。なんでそんなにサプライヤーの人に温かく迎えられたんですか。
佐賀:いやー、分からないです。
―― 東洋の国から「これを造るまで帰れません」と、悲壮なやつがやってきた、かわいそうだから面倒見てやるか、みたいな。
佐賀:いやいや(笑)。1つ言えるとしたら、マツダで開発をやっている人間は、二律背反にひるまないというか、「できない」という言葉がなかったんですよね。なぜかといえば、もう物づくりが好きで好きでたまらないから。
―― あー……(感心しつつ、ちょっと呆れ気味)。
佐賀:……実は最近、ようやく自分たちがいかに世の中全般の中では特殊な人間なのかということを自覚しつつあるんですが、はい。
―― そういえばマツダでは「変態」は褒め言葉だと聞きます。
佐賀:「お前、そこまでやるか」という意味でですよ(笑)。まあ、やっぱりそういう物づくりに関わっている人同士、同業者って、初めて会った人でも「お前、話が分かるな」「いいヤツだな」となるんじゃないでしょうか。例えば編集関係でも、「えっ、あの本を作ったのはあんただったのか!」とかで、興味が湧いたり、意気投合して飲みに行ったりとかしません?
―― する、する。ああ、そういうことか、分かります、分かります。
佐賀:それとたぶん同じ感覚だったんだと思います。本当に何人かに家に招かれたり、最後は空港まで送ってくれて握手を求められたりとか、ありましたね。
―― いい話ですね。
佐賀:いや、今思い出しました(笑)。そういや、そんな若い時代があったなと。
―― おいくつぐらいの?
佐賀:30歳前後ぐらいですかね。
―― いいタイミングでいい体験をされているんですね。
佐賀:どうもそれ以来、いろいろなところで、「まあ、あいつを出しておけば何とかしてくれるだろう」的に、便利屋として使われて……。
―― そう言われてみれば、佐賀さんのキャリアは異様に多彩ですよね。
佐賀:いろいろなところに出されてというのがあったので、それをもとにいい経験をいろいろさせてもらったと思います。
―― なるほど、なるほど。ところでトリビュートって失礼ながら、外にいる人間の無責任な感覚からいくと、そんなに売れていたとか人気のクルマというわけではないですよね。RX-7をやれとか、最量販車種のファミリアで、だったら、ムチャクチャに燃えるのも分かるんですけど、トリビュートのシートというお話でも、委細構わず佐賀さんって燃え上がれたわけですよね。
佐賀:そうですね。
―― これは売れているクルマだからとか、これは人気の車種だからというのは、エンジニアとしてのやりがい、やる気には別に関係ないということなんですか。
佐賀:関係ないですね。少なくとも僕の中では。結構マツダのエンジニアって何でもやります(笑)。あ、でもそう言われてみれば、そこには「花形のクルマには負けたくない」という気持ちもあるかもしれませんが。
―― ありますか。皆さん、「逆境に勝つ」とか、メジャーへの負けん気がDNAに入っちゃっているんですね(笑)。
佐賀:あれはいつ注射されるんですかね、僕ら(笑)。
とうふメーカーは「白い物体を効率よく生産する会社」じゃない
―― そういえば、自分も会社に入ったころに注射されてました。私のどんなおバカな原稿でも向き合ってくれるデスクがいて、その人に繰り返し言われたのが、「お前は取りあえずどうでもいい。取材先も申しわけないけど、取りあえずいい。読んだ人がどう思うかということを第一に考えろ」でした。当時は怖くて意味も分からず頷いていましたが、でも、これを言ってもらえた人と言ってもらえない人ってやっぱりいるんですよね。
佐賀:います、います。会社の社風もそうだし、その中での出会いもやっぱり大切なんでしょうね。
あっ、そういえば、主査をやる中での禁じ手が自分の中で1つだけあるんです。「説得はしない」ということです。
―― 説得はだめですか。
佐賀:説得は絶対だめです。僕の中では「(説得は)押しつけ」なんですね。「頼む、やってくれ」というのは、本人が腹に落ちていないことを押しつけることだと。本当にその人が、「ああ、これはやらなくちゃいけないな」となるのは、たぶん人に言われるからじゃなくて自分で理解した瞬間じゃないですか。
「どうしたいのか」と聞くのはいいと思います。そこから「じゃあ、僕はこうしたい」「ならば、どうやろうか」と重ねていくことで「なるほど、ではこれはやらないと」にその人自身が気持ちを持っていける。
―― 「やれ」でやっちゃうと、熱が入らなくなるということなのかな。自分がなぜ「それ」をやるのかに納得していることが重要なんですかね……実はこれとつながるかもしれない話を2日ほど前にお豆腐のメーカーさんで聞きました。ちゃんと売れるお豆腐を作ることができるかどうかは、社員が「白い物体を作りたいのか、うまいと言われる豆腐を作りたいのか」ということなんだ、と。
佐賀:ほう。
―― 商売が軌道に乗って規模が大きくなるとみんな「白い物体をいかに効率よく作るか」が仕事だ、と思うようになって、味が落ちてきて、お客さんにそっぽを向かれて、倒産したりM&Aされたりするそうです。
佐賀:四角くて白い物体って、いわば手段なんですよね。目的はその先、お客さんに豆の味や舌触りを楽しんでもらおう、料理をおいしくする一助になろう、という喜びにつながらないと、作る側に喜びも生まれない。
―― そうですね。作る側にも喜びが生まれない。ここ太字にしたいです。
佐賀:クルマもそうだと思います。お客さんに楽しんでもらいたい、幸せになってもらいたいというところがないと、「タイヤ付いてます。ドアもシートもあります。屋根もあります。どこがいけないんですか?」になってしまう。
それは喜びのある仕事か?
―― 文章の話になっちゃいますが、私、デスク仕事もけっこう長くやったんです。記者が書いてきた原稿に赤字、「こうしたほうがいいんじゃない?」という直しを入れるんですけど、原稿があまりにひどい、全然面白くない、と思ったときは、記者さんに直に「どうしてこうなる」と話を聞くことがあります。そのときに食らった強烈な記憶があって。
佐賀:なんて言われたんですか。
―― 「でもYさん、この原稿には間違いは1つもありませんけれど」と。
佐賀:あー、「情報」としては正しいですよ、と反論されたんですね。
―― まさに「白い物体」「タイヤが付いていればクルマ」だなと今思い出しました。
佐賀:それでどう返したんですか。
―― 「君が食堂のコックさんだとしよう。『これはおいしくない』と言われたら、『でも毒は入ってません』と言うのか」と。でも、伝わらなかったと思います。
これは極端な事例ですが、記者さんによって赤字への対応が両極端なんですよね。大半は私の入れた直しをそのまんま受け入れるんです。でも、中には絶対に私が提案した言い回しを使わないで、同じ効果を出すように踏ん張ってくる記者さんがいる。やっぱりそういう人は面白い原稿を書くようになりますね。
佐賀:うん、そうでしょうね。
―― 白い物体、タイヤの付いた物体、間違いはないけどつまらない原稿、それらは仕事として成立しないかと言ったら、かぎかっこを付けますけど「仕事」としては成立するんでしょう。「でも、今あなたに求めているのはそういう仕事じゃないんだ」、というところを、どうしたら分かってもらえるんでしょうか。
佐賀:そこは難しいところだと思います。例えば金井さんがずっと言われていた「志」だったり、我々が「Zoom-Zoom」というのを10年ぐらいずっと続けてやってきていましたけれども、いや、とっくに10年以上か。そういう中で、1人ひとりが「それってどういうことなの」って考えたんですね。長い時間かかって、ようやくぶれなくなってきたというのはあると思います。
我々は「人間中心」と言っていますけれど、人間中心でさえ実は手段なんですよね。人間中心という方法論をもって、例えば運転しやすいとか、先ほど言われたように(前回参照)運転中に楽に電話が取れて、急場の連絡が間に合ったとか、そういうことが目的です。目的を実現するための手段の根底の考え方として人間中心というのがあって、だからこそ運転しやすい。
―― 数値目標があると手段が暴走する、みたいに、深い目的は「言葉」にした瞬間に、手段化するんですよね。
佐賀:そうそう、そうなんです。そこをちゃんと理解ができるように、しかも神髄というところを理解できるようにする。僕自身もそれを今言いながら、自分自身に言い聞かせているんですけど。
もし手段があるとしたら、1つはやはり、「理想」を言葉ではなく実際に体験する機会を持って、それについて考える材料を与えることでしょうね。
「なぜこんな昔のクルマを参考にするんだ?」
―― そういえば『CG NEO CLASSIC』で、わざわざマツダの三次(みよし)試験場へ行って、124(メルセデス・ベンツのミディアムクラス、1985~95年に販売された)だけ乗って帰ってくる、という、すごい面白い記事が載ったんですよ(掲載号はこちら)。
広報・岡本:あ、それは私が担当させていただいた企画です。YさんはCX-30の前にワゴンの124(S124)に乗っていたんでしたね(前回参照)。
―― そうです。ずっと乗り換えるクルマが見つからなかった中で、このムックのあとがきの中で「このクルマ(124)から学んだことがようやくちゃんと形にフィードバックできたのが、第7世代だと思います」とマツダの方が言っていて。
佐賀:その通りです。
―― 私はそれを読んでぐっときて、購入に向けた最後のピースが埋まったんです。
佐賀:ありがとうございます(笑)。
―― ン年前にフェルさんの企画で広島・三次の試験場にお邪魔したときに、虫谷さん(現:操安性能開発部 上席エンジニア)が、「理想のハンドリングを学ぶために、中古で124を購入して徹底的にリストアしてみんなで乗った」と言っていました。これも、今おっしゃった「理想」を体験する、言葉ではなくて実感するための1つの手段ですか。
佐賀:はい、そうです。新世代商品(いわゆる第7世代)のプラットフォーム構想を作る前に、特にダイナミクス(操安)のチームが学ばせてもらいました。W124の中古車で、最初はバッテリーが上がったりして乗ることもしんどかったのを直し直しして。買ったのは2010年くらいだったかな。CX-5(第6世代)の開発のころですが、本格的に学んで取り入れることができたのは、車種としてはMAZDA3とCX-30(第7世代)からです。あれから10年か、早いなあ(笑)。
―― そうはいっても124は、生産が終わってから購入当時でさえ15年以上たつクルマですよね。そこに「理想」を見るというのは、なかなか分かりにくいかもしれません。実際、メルセデスの人に「なんでこんな古いクルマをそんなに研究するんだ」と不思議がられたという話が、このムックに載っていましたが。
佐賀:理想、ということでいえば、クルマが古いか新しいかは関係はないと思いますよ。今の時代では実現が極めて難しい「理想」を持っている古いクルマ、というものもありますし。
―― 124を自分でずっと乗っていたので、「もしかして、こういうことかな」とは思うんですが、なかなか言葉で説明するのは難しいですよね。
佐賀:主査の立場で言うと、何だろうな、物じゃないんですよ。
―― 物じゃない。サスペンションのメカニズムが、とか、ボールナットのステアリングが、とか、個々の技術そのものじゃないってことですか。
佐賀:ええ、そういう単独の物じゃないんですよ、ちょっとクサい言い方になりますが、「世界観」なんですよね。W124という世界がある。乗った瞬間から、「おっ」と思い、乗ったときに「なるほど」と笑顔になり、知れば知るほど好きになる、という。
頭のいい人が造った仕組みの中に入っている気分
―― 実は、もうずいぶん昔に糸井重里さんとの雑談でそれに通じる話をお聞きしました。日産自動車の初代セフィーロ(1988~94)の広告のお仕事(「お元気ですか~?」)をされたころに、お持ちだったそうで。たしか奥様との共有で、「疲れたとき、しんどいとき、W124に乗るとほっとするんだよ」と。
佐賀:そう、そういうふうに人づてに「あのクルマはいいよ」と受け継がれている、そのこと自体がすごい。それってもう商品、製品のスペックとかコストパフォーマンスとかの物差しを超えていて、「そのものが好きな人」がいる。そこがすごく魅力的に映るんですね。そういうものを造ってみたい、と、ものづくりが好きな人間なら思うはずです。
―― 15年乗った身としてなにか言いたいんですが、うーん、見た目は地味で声高に主張するところはなにもないんだけど、合理的にできていて、必要なところに必要なスイッチがある。ステアリングは激重で、アクセルペダルもめっちゃ重いので、シート位置をちゃんと合わせないと操作しづらい。だけどきっちり合わせればハンドルも加減速も微妙な操作ができる。クルマのほうに「こう運転しなさい」と指導されているような気分に時々なりました。
佐賀:分かります。そうですよね。
―― 変な言い方ですけれど「すごく頭のいい人」が考えて造った仕組みの中に、自分がすっぽりハマったような気分になるんですよね。
佐賀:はい、はい、それっていわば「1人の人が全部考えたような気がする」ってことですよね。それ、大変なことですよ。クルマはたくさんの人が、たくさんの部署に分かれて分業でつくるものじゃないですか。
―― そりゃそうですね。
佐賀:我々が新しい世代の開発を始めて確信したのは、部署と部署が一緒に仕事をするという、我々は共創という言葉を使いますけど、そこでどれだけ一緒に考えられるかで、シャシー、エンジン、内装などなどの個別の性能が調和が取れて、辻つまがあった、1人の人が全部考えたもののようになっていくかが決まる。「1つの性能」になる。そうすると、そこに「味」が出てくる。
―― 造る人たちの思考が1つにまとまっていくと、それが味になるんですか。
佐賀:ええ。たぶんエンジン屋さんだけで、シャシー屋さんだけ、って、それぞれにやると実はけんかをする性能があるんですよ。そうすると、普通の仕事のやり方だったら、どっちかが譲るんです。
―― さっきの「付加価値なきバランス取り」になるわけですよね。
佐賀:そうそう。でももっとこれを一緒に相乗効果を出したら、もっといい味が出るじゃん、そうしたらお互いこうしようよ、こうしようよという話になる。
ゼロから「1つの考え」で造った初めてのクルマ
―― モノ造り革新の前は、例えばエンジンの開発者はクルマのことなんて考えず、エンジンとしての性能だけを見ていた、なんて話も聞きました。
佐賀:うん、たとえば今はオーディオとNVH(騒音振動)の部署は今すごく一緒にやっていますけれど、昔は、お互い全然顔も見たことがないところなんです。ついでに言うと、風騒音と車内騒音のチームは別だったんですよ。
―― え、なぜなんでですか。
佐賀:なぜかというと風騒音というのは空気がつくるんですよ。だから空力をやっているチームの責任だ、と。そうすると何が起きるかといったら、いや、それは風騒音だとか、いや、それは車体震動と騒音屋同士でもめるんですよ。でもどちらも耳で聞こえるわけだから、トータルどれだけ下げなくちゃいけないかという物理量は一緒に考えなくちゃいけないはずなのに。
―― なるほど。
佐賀:でも、今は一緒にちゃんと考えるようになりました。
―― 違う分野の人と話すと、自分の課題に思いもかけない方向から「こうしたらどうなの」と言ってくれることもありますよね。
佐賀:そうなんです。実は変なところで関わり合いがあったり、全然違う部署なのに同じようなアプローチをしていて。それだったら俺のところに来てこれをやったら一緒にできるじゃん、みたいな話がいっぱいあるんですよね。
―― ことあるごとに金井さんにひっかけて恐縮ですが(笑)、2010年ぐらいから初めた金井さんのもくろみ通り(『マツダ 心を燃やす逆転の経営』)、交換留学が進んでほぐれてきている感じなんですか。
佐賀:いやもう、だいぶほぐれていますね。そしてこれが実は大事だと思うんです。
同じモノを造っているという意識、目標はこうだよねという共有、その上で互いの仕事を理解してアイデアを出し合う、そうなれば絶対いいものができるし、そういう1個1個が、1人の統一された人格が造りだしたかのような、個性、味になっている。
で、その味のある124に長年乗られておられたYさんの家の方々が、CX-30を気に入ってくださって、「前のクルマと似ているね」と言ってくださったと、ラブレター(このインタビューの企画書、前回参照)にあったじゃないですか。これは僕には、「このクルマには何かちゃんと『こうしたい』という作り手の意思があり、意図がある。統一感がある」というふうに受けとめていただいたんじゃないかな、と、勝手に解釈しました。
―― あれは不思議だったんです。英才教育した息子はともかく(笑)、クルマになんの興味もない娘まで「前のクルマとなんか似てるし、嫌いじゃない」と言いますからね。それはメカニズムとか、スペックとか、数値的なものが同じというんじゃなくて、「やりたいことはこれなんだよ」というのが伝わってくるという点で、124と第7世代は通底しているんじゃないか、ということですね。
あ、そうか。造る側のやりたいことがきちんと伝わると「味」になるのか。その「味」がないと、とうふが「白い物体」になってしまう。
佐賀:そういうことかもしれません。
広報・岡本:内装のお話で先ほど(前回参照)も佐賀が申し上げましたが、マツダの第7世代はドライバー、パッセンジャーへの、見た目を含めて動的な違和感、ノイズを徹底的に、今、消しているんですよ。
佐賀:そうね。ノイズを消しているね。岡本は今は広報ですが、第7世代の初期から一緒に開発をやってきた人間なので、この辺は詳しいです。
広報・岡本:ノイズには、視界を阻害するとか、意図しない加減速、そういう要素も含まれるのですが、「124はそういうノイズ、違和感を消している」とエンジニアたちが評価していました。
佐賀:そこにも、造る側が考え方を統一するということが関わっていると思います。もちろん、本で書かれたとおり、第6世代から始まっていたことですし、改良の時点でどんどん新しい考え方も入れていきました。しかし、ゼロベース、最初の最初から「ノイズ、違和感を消し、味を感じてもらう。それには各部署がひとつの考え方で造ることが重要だ」という思想で造り始めたのは、MAZDA3とCX-30が最初なんです。
「お前ら、こんなクルマが造れて幸せよのう」
―― 金井さんから、お褒めの言葉をいただいたと聞いていますが、どんなふうに褒められるんですか(笑)。
佐賀:「お前ら、こんなクルマが造れて幸せよのう」と、金井さんらしくおっしゃったというふうに聞いています。
―― らしい、らしい(笑)。
佐賀:そういったところがあるので、そういう考え方、積み重ねた技術を大切にしながら商品化ができたというところで、やっと今になった。プラットフォームができて、そこから商品開発がだいたい2年から3年かかりますからね。行き当たりばったりでなくて、マツダがこれまで考えてきた考え方、10年前にW124に乗って感じて理想は何かと突き詰められ、仕込みをし、商品になった、一貫した哲学の下にやっと生まれたという、そういう長い歴史を経て第7世代になったんだな、と思います。
―― 総論としてはとてもよく分かりました。ここからもうすこし時間をいただいて、いちユーザーとしてCX-30に感じたことから、質問させていただいていいでしょうか。実は124から乗り換えたことで、けっこう苦労したというか悩んだこともあるんです。その大きなものが、アクセルの操作感なんですが。
(緊迫感をはらんで? 次回に続きます)
この記事はシリーズ「編集Yの「話が長くてすみません」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?