事実は小説より奇なり、といいますが、1986年に『B-1爆撃機を追え』でデビュー以来、刊行冊数200冊を超え、数限りなく脳内で現代戦のシミュレーションを繰り返してきたであろう、軍事サスペンス小説家の大石英司さんは、ロシアのウクライナ侵攻をどう見ているのでしょうか。東京都と神奈川県の境、多摩川を見下ろすテラス席でお話をうかがってきました。

2018年のRIAT(Royal International Air Tattoo、英国で開催される世界最大の軍事航空ショー)に登場した、ウクライナ空軍のSu-27。パイロットは2月25日(現地)にキエフ上空で殉職した同空軍のトップガン、オレクサンドル・オクサンチェンコ大佐(写真:大石 英司)
2018年のRIAT(Royal International Air Tattoo、英国で開催される世界最大の軍事航空ショー)に登場した、ウクライナ空軍のSu-27。パイロットは2月25日(現地)にキエフ上空で殉職した同空軍のトップガン、オレクサンドル・オクサンチェンコ大佐(写真:大石 英司)

―― ご無沙汰しています。ニコタマ(東京・世田谷区二子玉川)にこんな眺めのいいテラスがあったんですね。

大石英司さん(以下、大石):お久しぶりです。コロナ禍の最中でもありますし、お会いするなら換気のいいところでと。

―― ご配慮ありがとうございます。大石さんの近刊『台湾侵攻』では、中国による台湾への攻撃と、それと連動した日本のネットワークを遮断する「サイバーウォー」が描かれていますが、現実はロシアがウクライナに侵攻してしまった。

大石:いや、ロシアがあの規模でウクライナに攻め込むとは思いませんでした。中国が台湾を攻めるほうがまだリアリティーがあるだろう、くらいに考えていました。

―― 状況がどんどん更新されるので、あくまで現時点(2022年3月8日)での情報に基づく話ですが、ロシアの意外な不手際ぶりをどう見たらいいのか。内部文書といわれるものが流出したり、諸説飛び交っていて。

大石:ええ。あれは本当に何が真実なのか分からないですね。

―― 中でも意外だったのが、ウクライナが世界とネットでつながり続けていることですよね。『台湾侵攻』では、日本のネットワークが海底ケーブルの陸揚げポイントを破壊されるなどして世界から遮断され、電源や水道も寸断され、と、さんざんですが、これをやってのけた中国のエージェントは、ロシアの同業者から「君たちはサイバーウォーを分かっていない」と上から目線で言われていました。

大石英司さん(2019年、パリ航空ショー会場にて)
大石英司さん(2019年、パリ航空ショー会場にて)

大石:そうなんです。ウクライナに侵攻するならまずネットの遮断から始まると思っていましたし、ロシアにはそれが可能なはずだったのですが、そこからして不思議です。軍や情報機関の上の方は、プーチンへのおべんちゃらを並べて、肝心の実動部隊は、「えーっ、これは演習じゃなかったの」と。特にIT関係に関して言えば、ろくに準備もしてなかったので、対応が遅れたという、そういうことなんだろうな、と思います。

 が、これら一連の“不手際”は、ありがちな「戦場の霧(作戦を実施した際の不確定要素)」というレベルの話なのか、それとも軍の明確な意志があってのサボタージュなのか、独裁者に迎合した非現実的なプランがそのまま実行されてしまったのか、本当のことはさっぱり分からないです。

ネットで拡散するものは「みんなが信じたいもの」である

―― 先行きへの“希望”を見たくなる状況ですから、「ロシア軍は案外ダメじゃないか」という、バイアスがかかっているのかもしれませんけど。

大石:そう、そう。今回の件もそうだけど、とにかくネットを支配しているのはバイアス、認知バイアスというやつですから。

―― 見たいように見るという。

大石:そうです。現状で断定的なことは何も言えないけれど「こうであってほしい」話はみんながよってたかって拡散しますから、なんとなく事実のように思えてしまいます。だけど「分からない」以外に言えることは、我々一般人にはないんですよね。

 政治家に特に多いけれど、自分の得意な分野でもないのに、「何か言わなきゃ」と、墓穴を掘ってしまう人が後を絶たないですね。Twitterを読んでいる我々一般人が、それを求めているから。断言し、旗幟(きし)鮮明にすることを全ての投稿者に求めるという。たった140文字の世界で、みんながみんなに白黒付けることを求めているというのは考えてみると異常な世界ですね。それがハレーションとか、バンドワゴン効果とか、ありとあらゆる混乱を招いてしまうという。だから、私はTwitterが嫌いなんです。自分でも投稿していない。

―― でも、見てはいらっしゃると。

大石:ええ。仕事上、しょうがないから見ているけど、普通の会社員の方ならば、別にあなたたちはTwitterに出てくる軍事情報の速報に飛び付く必要はないじゃないのと。

―― ああ、峰宗太郎先生(当欄でおなじみ、ウイルス免疫学者)が新型コロナ関連でよく言っています。「査読前の論文が出たからというので、何で医療関係者でもない人が大騒ぎするの。メディアもだけど」と(笑)。

大石:そうそう。そして「速報を読んだらそのまま信じないでソースを探すべきだ」と言いますけれど。

―― 言われますね。

大石:でもそのソースだって怪しいんじゃないの? という。

―― ソースそのものを見極めることが可能なの? と。

大石:僕はこの戦争になってから特に思うようになったんですけれども、よくリテラシーを磨きなさいと言うじゃないですか、ネットに関して。

―― 言いますね。

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