“地域への土着化”を目指す「無印良品」。そのカギを握るのが、2021年の9月からスタートした地域事業部制だ。第1弾として、国内12地域に地域事業部を設置。出店計画から限定・独自商品の開発まで、地域密着型の事業モデルの構築を進める。「MUJI」の未来を握る地域戦略を、京都・奈良・南大阪エリアで地域事業部長に就任した松枝展弘氏に聞いた。

「第二の創業」。2024年8月期を最終年度とした中期経営計画を発表した「無印良品」を展開する良品計画。2030年にあるべき姿として、「日常生活の基本を担う」「地域への土着化」を掲げ、新中期計画の最終年度の24年8月期には「1300店舗、売上高7000億円」、30年8月期には「2500店舗、売上高3兆円」の達成を目指すという野心的な計画だ。
21年9月、この構想を実現させるための根幹となる組織が日本各地で誕生した。それが、「地域事業部」だ。
地域事業部とは、住民や行政と交流・連携をしながら生活圏への出店を推進して、地域密着型の事業モデルを確立するために設置された新組織。第1弾としては、「京都・奈良・南大阪」「千葉・会津」「横浜南」「広島」「北海道」など、12エリアに設置された。収益性を担保しながらそれぞれの地域に合ったモデルを構築し、出店を加速させていくための実行部隊。それぞれのエリアのトップには、地域に強い熱意のある人材が指名され、地域の取り組み全体に責任を負う。
無印良品といえば、統一感のあるデザインや商品性が魅力で、全国どこでも同じ「MUJI」の世界を体験できることが強みでもあった。そんな中、今回の地域事業部は、地域独自の活動を自ら発案し、行動していくことを是としている。
「コミュニティマネージャー」の草の根活動がつながりを生む
「地域の土着化」へ大きくアクセルを踏み始めた無印良品だが、実は数年前から着々と地域攻略の布石を打っていた。その急先鋒(せんぽう)が、各地に配属された「コミュニティマネージャー」だ。
18年3月、当時世界最大の店舗「無印良品 イオンモール堺北花田」(堺市)の開業を機に初めて設置されたポストであり、地域住民や生産者と交流する役割を担う。同店では、無印良品としては初めて地域生鮮を本格的に扱う食品売り場を設けたこともあり、地域での交流の強化を図るべく、誕生した。


その初代コミュニティマネージャーに就いたのが、松枝展弘氏だ。現在、京都・奈良・南大阪事業部の部長となった、まさに地域戦略のキーパーソンといえる。
そもそも松枝氏は本社で堺北花田の店舗企画を担当していた。前述のように食品売り場を設置するなど、地域に溶け込む新スタイルの店舗の構築を主導。そんなとき、会長の金井政明氏と話をする中で、金井氏から「自分で現場に行ってやってみたらどうだ」と言われ、初のコミュニティマネージャーに指名されることになった。
「とても実験的なポジションで、前例もなく手探りで仕事を開拓していった」。そう語るように、松枝氏はとにかく体当たりで地域と向き合っていった。地元生産者を回って話をして一緒にご飯を食べる。地元の事業者と交流を繰り返し、地域発の良い商品の取り扱いを広げる。行政とも連携しながら、生産者や事業者と一緒にイベントを企画する。まさに草の根の活動を繰り返し、少しずつ信頼を得ていった。


時がたつにつれ、松枝氏の活動はさらに広がっていく。店舗に集客するだけでなく、より“外”に出て行くようになる。例えば、地元農家の畑の近くでイベントを実施したり、農家の活動を支援したり、また地域の行事にも積極的に参加するなど、枚挙にいとまがない。さらには、子供食堂を支援したり、周辺地域へのデリバリーを強化したりするなど、地域全体の活性化へと活動は拡大していった。
コミュニティマネージャー職が誕生してから3年以上がたち、地域との協業をコンセプトとする店舗が増え、各地域の店長がまさに同様の動きで活動できるようになった。「私がひとこぎ目になったが、今は各地で若いマネージャーたちが新しい取り組みを続々と生み出している」(松枝氏)。
ある地域で生まれた取り組みが、また別の地域でも取り入れられ、全国へ広がっていく。そんなボトムアップの動きも広がっている。
地域密着のイベントとして象徴的なのが、「つながる市」。地元農家に加え、伝統産業の事業者、その地域で店舗を営む人などに集まってもらうマルシェ形式のイベントだ。堺北花田や京都山科(京都市)では、物販だけでなく、店舗スタッフによる産地取材リポートの公開、写真展なども組み合わせて、「地域にあるストーリーを発掘・共有していく」(松枝氏)。17年10月に無印良品 有楽町(18年12月閉店)でスタートしたつながる市は、各地域でそれぞれの形で季節ごとに自主的に開催されるようになった。
新潟県の無印良品 直江津で始まった店外の清掃活動もまた、大きなうねりとなっている。当初は店舗周辺の清掃をスタッフが行っていた。だが、次第に周辺の事業者を巻き込み、住民も加わって清掃範囲が拡大していった。21年5月の清掃活動では、何と100人以上が参加したという。今では、京都山科などの各地の店舗でも清掃活動を通じて、地域の人とコミュニケーションを取る手法となっている。

「最初はとにかくがむしゃらにいろんな方に声をかけ、地域の役に立とうと動いてきた。2年、3年と経過してきたとき、気付けば周りの人が盛り上げてくれたり、育ててくれたり、自分たちだけで店を運営している感覚ではなくなってきている」と、松枝氏は実感を語る。無印良品は、新店舗を出店する際、地元でも大きな販促や宣伝をしない。地道に信頼を得ていくことが、結局のところ地域に溶け込むための“近道”といえる。この地道で泥臭い取り組みの積み重ねがあってこその、満を持しての地域事業部制への移行というわけだ。
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