我々の働き方を180度変えた新型コロナウイルスの感染拡大。アフターコロナの働き方、オフィスの在り方、デザインなどはどう変化していくのか。特集「アフターコロナ働き方&オフィス改革」の第1回は出版大手のKADOKAWAが、埼玉県所沢市に建てた巨大オフィスを見ていく。家でもカフェでも働けるようになった今、オフィスに行く意味は何なのか。KADOKAWAの新オフィス「所沢キャンパス」は、これを突き詰めた1つの答えを提示している。
KADOKAWAが作った新オフィスに、アフターコロナの働き方へのヒントがある
私たちビジネスパーソンの働き方の“常識”を根底から覆した新型コロナウイルス。いや応なしに会社への出勤を止められ、テレワークを初めて経験したという人も多かったに違いない。
東京商工会議所が会員企業1万2555社に対して2020年5月29日~6月5日に行った緊急アンケートによると、テレワークの実施率は67.3%。緊急事態宣言前の同3月13日~31日に行ったアンケートと比べて、実に41.3ポイント上昇した。
従業員規模別に見てみても、前回調査では低めだった「30人未満」「30人以上50人未満」の企業でも、テレワーク率は大きく上昇。企業の規模を問わず、かなりのビジネスパーソンがテレワークを体験したことが分かる。
出所:東京商工会議所。今回調査は回答件数1111件(回答率8.8%)、前回調査は東商会員企業1333社・1万3297件に依頼(回答率10%)
緊急事態宣言解除後も新型コロナの猛威は収束せず、長期化の様相を呈している。小売業やサービス業における店舗勤務、製造業における工場勤務などを除けば、テレワーク中心の働き方がwithコロナ、アフターコロナでも定着していくのは間違いないだろう。
では、オフィスはこれから先、もう不要なのだろうか。答えは「否」だ。過去記事「180度変わるオフィスの未来 コロナ後は憩い、語らう場所になる」でも取り上げたように、オフィスを縮小すると表明する企業は国内外問わず出始めているが、完全になくすという声は聞こえてこない。「オフィスにはまだ一定の役割が残されている」と考えるからだ。
本特集では、アフターコロナの働き方、オフィスの在り方、デザインなどがどう変化していくのか。専門家や実際の企業の声などから明らかにしていく。まずは、実際にオフィスに大胆に変革を加えた事例から見ていこう。
巨大メディアグループが所沢にオフィス
JR武蔵野線の東所沢駅から徒歩10分。郊外の道を抜けると、突如として姿を現すのが、KADOKAWAが総力を挙げて日本最大のポップカルチャー発信拠点を目指す大規模複合施設「ところざわサクラタウン」だ。
ところざわサクラタウンは2020年11月6日にグランドオープンした
総工費は399億円。KADOKAWAと埼玉県所沢市が、みどり・文化・産業が調和した地域づくりを共同で進めるプロジェクト「COOL JAPAN FOREST構想」の拠点施設だ。併設する角川文化振興財団(東京・千代田)による「角川武蔵野ミュージアム」は、建築家の隈研吾氏が手がけた。その威容なたたずまいが注目されがちだが、実はサクラタウンはKADOKAWAの「働き方改革の拠点」としての役割も兼ね備えている。
角川文化振興財団の「角川武蔵野ミュージアム」は20年8月1日にプレオープンした ⓒ角川武蔵野ミュージアム
サクラタウン内のオフィスは「所沢キャンパス」と呼ばれ、KADOKAWAの従業員は所沢キャンパスと東京・飯田橋の「東京キャンパス」、そしてテレワーク(在宅、サテライト)のどれでも好きな場所を好きなように選べる。なぜ決して交通至便とは言えない東所沢に巨大な施設を建て、オフィスも併設したのか。それに至る経緯を知るために、KADOKAWAが歩んできた働き方改革を少し見ていこう。
同社が働き方の改善に着手したのは15年。従業員の労働時間を減らしたい、もっと働きやすさ、創造力アップを目指す働き方をしてもらいたい、という松原眞樹社長の思いから、同10月に「働き方」アイデアコンテストを実施したのが始まりだ。
翌16年8月には、テレワークプログラムの第1弾が開始。さらに1年後の17年8月にはサテライトオフィスの運用もスタート。それまで東京・飯田橋のオフィスで、書籍、アニメ、映画、ゲームなどさまざまなメディアに携わる数千人の従業員が一堂に会して働いていたという態勢を徐々に改め、自宅や途中駅などでも柔軟に働ける仕組みを次々に導入していった。
合わせて、社内のフリーアドレス化も促進。18年10月に管理部門250人、翌19年3月に事業部門400人をフリーアドレスとし、「机に縛られない」働き方も進めていく。
これらの総決算として実施したのが、19年11月に全社員への強制的なテレワークの全社展開だ。「働き方の多様化を、トップダウンで一気に進められたのが大きかった」とKADOKAWA人事企画部 人事開発課課長の鈴木寛子氏は語る。
KADOKAWA人事企画部 人事開発課課長の鈴木寛子氏
だがここで1つの疑問が生まれる。ここまで働き方を柔軟にしたのならば、オフィスは徐々に不要になっていくのではないか。なぜKADOKAWAはあえて今、所沢に巨大なオフィスを構えたのか。
その答えはサクラタウンの中にある。
「ロッカーと段差」が肝
サクラタウン5階。面積2700坪にも及ぶ広大な1フロアすべてが所沢キャンパスだ。収容人数は1000人。エレベーターを出ると来客者用のロビーと、社員も使えるライブラリー、そして特例子会社「角川クラフト」が焙煎(ばいせん)したコーヒーが飲めるカフェスペースが出迎える。
障害者雇用を行う特例子会社「角川クラフト」が近くにあり、そこで焙煎(ばいせん)したコーヒーを飲める
執務スペースの入り口にはドアをあえて設けず、顔認証さえすれば入室可能だ。フラッパーゲートは2階にあり、そこでカードキーをかざす仕組みだが、いったん5階に来たら行き来はストレスなく行えるようになっている。
執務スペースへのゲートにドアはない。本格稼働後は顔認証+検温でゲートの通過許可が行われる予定
新型コロナウイルスの感染対策として、机に敷く紙のデスクマットを用意。フリーアドレスの机に各自が持っていき、業務が終わったときに処分する
ゲートの脇にはサポートセンターを用意。フロアの中央部分に位置している。オフィスの困り事などに応えてくれるコンシェルジュ的な存在
中に入って目に飛び込んでくるのは大量のロッカーだ。本来、ロッカーは部屋の隅の方に置かれるはずのものだが、所沢キャンパスでは目に付くところに設置されており、その横にはわずか4段程度の階段もある。実はこの段差こそが、サクラタウンのオフィスデザインの肝となっている。
大量のロッカーが目を引く。手前側は打ち合わせなどの共有スペース
ロッカーの横にある階段。この段差が所沢キャンパスの重要な要素
4段の階段を上るとフリーアドレス用の机が何百と並ぶ。ここが執務スペースの中心となり、5階には計4カ所。それぞれが「MORI」と呼ばれている。各MORIの階段を下りた脇には、ロッカーの他に打ち合わせスペースやコピー機、簡易なキッチンなどがあり、この段差が仕事の「集中」と「同僚らとのコミュニケーション」を切り分けるスイッチの役割を果たすのだという。
MORIは集中するための執務スペース。少し高くなっているが、天井自体も高いので圧迫感はない
5階には執務スペースに入るためのドアがない、と前述したが、通常のオフィスにはあるのにここにはほとんどないものがもう一つある。それが壁だ。壁を作らない代わりに段差を採用することによって、1フロアすべてがオフィスというオープンさを損なわずに、それぞれのMORIを高低差で分けることに成功している。「MORIはそれぞれが集落というか村のような場所。MORIから下りてきた人同士が語り合うことで何かが生まれる、そんな空間を目指した」とKADOKAWAファシリティマネジメント部部長の荒木俊一氏は語る。
KADOKAWAファシリティマネジメント部部長の荒木俊一氏
「メディア企業」ならではの工夫もある。それが20カ所に配置された「プロジェクトルーム」だ。
使い方の一例を挙げると、例えば出版社の月刊誌編集部は、月単位で全部員のサイクルがほぼ固定されている。校了前の2週間程度が仕事の山になり、その間はオフィスに缶詰めになることが多い。「その2週間は大量のゲラや資料などをいちいち片付けずに仕事をしたい」「繁忙期に、チームで常に共有できるスペースが欲しい」といったニーズに応える形で、中長期でずっと借りられるスペースがプロジェクトルームとなっている。ガラス張りの部屋の中には、棚やホワイトボードなども完備され、チームが集中できる環境が整っている。取材を中心に行う時期は東京キャンパスで、集中したいときや校了前は所沢キャンパスで、という柔軟な働き方を後押しする。
プロジェクトルームはガラス張りだが鍵も掛けられ、一定期間チームで占有できる
冒頭の問いである「なぜKADOKAWAはあえて今、所沢に巨大なオフィスを構えたのか」という答えは、「郊外だから実現できる巨大かつオープンな空間で、社員同士が刺激を受けながら仕事をしてもらう」ためだ。
縦長のビルにありがちなオフィスの場合、フロアの違う社員の顔はほぼ分からない、という人も多いだろう。KADOKAWAが必ず実現しようとしたのは「1フロアでみんなが働く」ということ。所沢キャンパスの同じフロアにさまざまな部署の社員が集い、MORIの下にはコミュニケーションを取るためのスペースもふんだんに用意されている。郊外だからこそできるオフィスデザインが、KADOKAWAのこれからの武器になっていく。
郊外に「理想郷」をつくる
所沢キャンパスのメリットはこれだけではない。世界中のオフィスを研究してきたコクヨ・ワークスタイル研究所所長の山下正太郎氏は、アフターコロナのオフィスの在り方の1つとして、「テーマパーク型」を挙げる。
これまで無条件に都心へ通勤することが当たり前だったものが、これからは「なぜオフィスに行くのか」という意味が重要になってくる。その解として、「自社のすべてを表現するような『理想郷』を郊外に作るのも一つの手」と山下氏は語る。これがテーマパーク型だ。それを偶然にもコロナ前から計画し、体現したのがサクラタウンだった。
KADOKAWAは、国内だけではなく世界中にファンのいるアニメを中心としたコンテンツを豊富に持っている。角川武蔵野ミュージアムの他、5万冊の蔵書を収蔵する本棚劇場、日本のポップカルチャーが楽しめる「ジャパンパビリオン」、アニメやゲーム、映画などの世界観を演出する「EJアニメホテル」、同社の雑誌「レタスクラブ」で紹介したメニューも食べられる「角川食堂」などで魅力をアピール。加えて、クールジャパンの聖地として「武蔵野坐令和神社」も建立した。インバウンド需要が霧消してしまったのは想定外だが、「ここに来ればKADOKAWAのすべてが楽しめる」という施設になっている。
本棚劇場。まだ本が入っていない8月に撮影したもの ⓒ角川武蔵野ミュージアム
ここにオフィスを併設するメリットは、「自分たちが作り出したコンテンツを楽しんでくれているファンを間近に見て、熱量を感じられる」という点だ。どんな層が見ているのか、どんな楽しみ方をされているのか、刺激を受けながら常に仕事ができる。この刺激は、リモートワークでも、都心のオフィスでも決して得られないものだろう。
KADOKAWA人事企画部部長の松田肇氏は、「都心と郊外、両方があるからそれぞれの良さが生きる」と話す。家でもカフェでも、どこでも働けるようになったからこそ、オフィスはプレミアムな場所でなければならない。KADOKAWAのサクラタウンは、アフターコロナのオフィスはどうあるべきか、1つの正解に限りなく近づいていると言えそうだ。
(写真/稲垣純也)
※この記事を含む特集「アフターコロナ働き方&オフィス改革」は日経クロストレンドに掲載されています。
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