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「不便益」を生み出した商品・サービスが有望

 NRIの林氏が注目する消費者の変容は、withコロナの消費者は「不便をむしろ楽しみ、意義を見いだしている」という点だ。これは「不便益」(または不便の益、benefit of inconvenience)と呼ばれるもので、「不便を乗り越えることで、主体的に行動できる、考えて工夫できる、気づきや発見を得やすい、身体面などの能力低下を防げる、といったさまざまなメリットがある」(林氏)という。

 実は不便益はコロナ禍で生まれた新しいものではなく、研究テーマとして以前からあった概念だ。京都大学情報学研究科の川上浩司特定教授が約20年前から提唱。企業のマーケティング活動に応用するために、1年半前から博報堂と共同研究を重ねてきた。

 分かりやすい例が、小学校の遠足のおやつだ。「300円まで」という制約があるからこそ、その中で何を買うか小学生たちが必死で計算し、趣向を凝らし、駄菓子屋やスーパーをはしごし、「バナナはおやつに入るんですか?」という疑問も生まれる。これが無制限なら何の面白みもないはずだ。

 川上特定教授が代表を務める、不便益システム研究所発の商品もある。京都大学生協と共同で開発した「素数ものさし」だ。2、3、5、7、11、13、17センチメートルと素数の目盛りしかなく、不便極まりない。だが、目盛りと目盛りの差で足し算と引き算を使えば、どんな数でも長さを測ることができる。

素数ものさしは京都大学生協組合で販売されている

 不便益は大きく12個の不便と、8個の益に分けることができる。下の「原理カード」「益カード」がそれだ。シンプルなカードが並ぶが、実際の意味はもう少し広く取ることが多いという。

12枚の原理カードと8枚の益カードを組み合わせて考えていく

 例えば「無秩序にせよ」というのは、「ランダムにせよ」と言い換えもでき、ギャンブル性、ゲーム性のあるものも含む。このランダムという不便をうまく利用したものとしては、JALの「どこかにマイル」が好例だろう。どこの目的地に当たるかが分からないことによって、まずわくわく感が高まる。さらに、行き先となった目的地に対しての新たな発見があったり、主体性を持って行動できたりする。

 大ヒットを飛ばしているNintendo Switchのゲーム『あつまれ どうぶつの森』も不便益をうまく利用していると言える。実生活と同じ時間軸でゲームが進み、店の営業時間外には買い物ができなくなったりする。これは原理カードの「限定せよ」に当たり、この不便の結果、前もって買い物を済ませておく、夜には他のことをする、などの工夫が生まれる。

 新型コロナにおける影響をこの原理カードに当てはめると、かなり多くの項目が該当することが分かる。「時間がかかる」「アナログ」「疲れる」「限定」……つまり、生活の軸が不便そのものになっていたわけだ。

 京都大学と共同研究を行う博報堂研究開発局の野坂泰生上席研究員は、「思い通りにならないことが不便。そのときに人は変わるチャンスになる。これこそが不便益の本質の一つ」と語る。コロナ禍で外食ができず、仕方なく自炊に挑戦するうちに料理の腕が上がって楽しくなった。リモートワークなのに自分の部屋がないから、狭い物置を工夫して小さな執務スペースを作った結果、業務効率が上がった。こういった人たちは、図らずも不便を享受し、そこからの益を体験していたことになる。

 では、そんなwithコロナ、アフターコロナの消費者に対して、企業はどうアプローチしていけばいいのか。野坂氏は「単に効率性、合理性、経済性といった『正解』を追求しないこと。効率一辺倒で商品開発をするとコモディティー化してしまう。他の商品との差別化ができなくなると、もっと便利、もっと安いを追求した揚げ句、競争のレッドオーシャンに突入することになる」と語る。それを実践するには、原理カードを基に発想していくのが近道だ。「より便利なモノ・経済的なモノを作るという発想をやめ、逆に考えてみる。あえて不便を考えてみるのがポイント」(野坂氏)になる。

 ただ、日本企業にはこれがなかなか難しい。リスクやクレームを恐れ、なかなか冒険しないからだ。そんな開発者のヒントにしてもらうため、不便益を応用した「顧客体験設計のための発想支援フレーム」も開発されている。縦軸に原理カード、横軸に益カードの項目を入れ、例えば「案内板が自動で案内してくれる」というものをあえて不便にしてみると何が起きるかを考えていけばよい。

縦軸と横軸で、不便にするとどのような益があるのか、を考えていくための発想支援フレーム

 NRIの林氏が、不便益を踏まえた今後の消費者像として挙げるのが「DIY消費」だ。これまでのモノ消費、コト消費、トキ消費(本特集の第2回参照)はいずれも事業者側が提供した商品やサービスが主体だった。だがDIY消費はこれらとは異なり、消費者が自分で考え、自分から価値を生み出すことを欲するようになるという。これは考える主体が事業者側から消費者側に移る、ということを意味する。

 不便にも思える行動に楽しみや意義を見いだした消費者に対しては、各自が主体的にカスタマイズしたくなるツールを提供すべきだ。一例としては、16年発売の明治「ザ・チョコレート」が挙げられる。これは中身のチョコレートを楽しむというニーズ以外にも、クラフト紙風の外箱をしおりやアクセサリーなどにアレンジする人が急増し、1年で3000万枚出荷というメガヒット商品となった。企業側から不便益を提供したわけではないが、「何かを作ってみたい」という創作意欲を刺激したという点がポイントだ。

大ヒットした「明治 ザ・チョコレート」。日経トレンディの2017年ヒット商品ベスト30でも2位にランクインした

 アフターコロナでは、「顧客自らをイノベーターにするようなアプローチが求められることになるだろう」と林氏は語る。お仕着せのパッケージを売るのではなく、多少荒削りでもユーザーに考える余白を残しておく。その完成品をインスタなどに上げたくなるような仕掛けを施せれば完璧だ。こういったDIYの要素がアフターコロナの消費者のニーズに合致し、思わぬヒット商品が生まれる素地になるかも知れない。

 本特集ではアフターコロナの消費者像の予測を続けていく。第2回は、モノ消費、コト消費に続くトレンドとして、「トキ消費」を提唱した博報堂生活総合研究所の夏山明美氏に、今後の消費者像について詳しく語ってもらう。

※この記事を含む特集「アフターコロナの消費者はこう変わる」は日経クロストレンドに掲載されています。