商品について画像とテキストを使って説明できる内容は限られるが、顧客の潜在ニーズをくみ取ったり、情緒的な価値をうまく表現したりしたネーミングは、それだけで豊かなコミュニケーションを実現できる。商品に対する顧客の関心を一気に高める要素となり得る。Twitterで話題となった「闇落ちとまと」はその好例だ。
Twitterに投稿した「闇落ちとまと」の画像。左画像には、「尻腐れ」という生理現象で一部が黒く変色したトマトが見える。右画像は断面。中身は熟しているのが分かる。対面で説明しながら販売するため直営所でのみ期間限定で販売した。闇落ちとまとの販売数はその日の状況によって変動し、1日当たり約15~50箱。1箱2000円(税込み、以下同)
Twitterに投稿した「闇落ちとまと」の画像。左画像には、「尻腐れ」という生理現象で一部が黒く変色したトマトが見える。右画像は断面。中身は熟しているのが分かる。対面で説明しながら販売するため直営所でのみ期間限定で販売した。闇落ちとまとの販売数はその日の状況によって変動し、1日当たり約15~50箱。1箱2000円(税込み、以下同)
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 フルーツトマトを生産、販売する曽我農園(新潟市)が、野菜の表面の皮の一部が黒く変色する生理障害「尻腐れ」が発生したトマトを「闇落ちとまと」と名付けて販売したところ、大人気となった。

 2021年5月、Twitterに闇落ちとまとの紹介を投稿。すると、その日のうちに爆発的に投稿が拡散したのだ。問い合わせが殺到し、テレビや新聞、Webメディアなどが相次いで取り上げたことで、知名度が一気に高まったという。

 尻腐れは、甘いフルーツトマトを生産する過程で一定数出てしまう。が、見た目が悪いだけで甘みは凝縮されている。投稿では、尻腐れしたトマトの見た目の「怖さ」を踏まえながらも、「並外れた資質を持ちながら暗黒面に落ちた」という人気映画「スター・ウォーズ」の主要な登場人物「アナキン・スカイウォーカー」の境遇に重ねて説明した着眼点もよかった。

コロナ禍を機にリブランディング

 曽我農園が本格的にTwitterを始めたのはコロナ禍がきっかけ。曽我農園社長の曽我新一氏は、「Twitterでは、農業は未知の世界。(ユーザーにとって)非常に新鮮な情報として映ることが、この1年を通じて分かった」と話す。現在、闇落ちとまとの最初の投稿はリツイート数が8万回を超え、曽我農園のアカウントのフォロワーは1万7000人を超えている。

曽我農園社長の曽我新一氏
曽我農園社長の曽我新一氏
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 SNSで話題になっただけではなく、ジュースやケチャップも含めた関連商品の購入にも直結した(闇落ちとまとは、曽我農園直売所のみで期間限定発売)。例年5月は全体で約1000万円の売り上げだが、同月で比較すると20年は約600万円、21年は約1200万円と推移し、V字回復を遂げた。同社では、Twitterや曽我氏の妻が運営するInstagramを使った宣伝・PRと並行して、20年4月の1度目の緊急事態宣言を機に、リブランディングに取り組んだ。自社ECサイトを1年後の21年4月にリニューアルし、 新潟県内のスーパーマーケットや直売所を中心としたトマトの販売体制を見直した。日本政策金融公庫からの借り入れをリブランディングの費用に充て、約3年で返済できるめどが立っている。

リブランディング後のECサイト。同社では軟らかく輸送性は低いが酸味の強い「ファースト系」という品種を栽培し、「冬もおいしいトマトを食べたい」という県民の声に応えてきた。「越冬トマト」は暖房コストがかかるが、厳冬のトマトはその寒さから身を守るため、果実の中に甘みとうまみを備えて育つという
リブランディング後のECサイト。同社では軟らかく輸送性は低いが酸味の強い「ファースト系」という品種を栽培し、「冬もおいしいトマトを食べたい」という県民の声に応えてきた。「越冬トマト」は暖房コストがかかるが、厳冬のトマトはその寒さから身を守るため、果実の中に甘みとうまみを備えて育つという
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 ECサイトの構築には、にいがた産業創造機構(NICO)を通じて新潟にゆかりのあるクリエーターが参加した。クリエーティブディレクターの堅田佳一氏、デザイナーの石川竜太氏(フレーム、新潟市)などが参加するデザインチームが結成され、コンサルティングを受けた。「経営とデザインを自分でやってきたが、Webで販売していくに当たって、自分一人のデザインでは駄目だと思った」(曽我氏)

「越冬フルーツトマトジュース」は、1本720ミリリットルで4968円、「越冬フルーツトマトケチャップ」は1本300グラムで2160円。コロナ禍で売れなかったトマトを濃厚に煮詰めて高級品に仕上げ、利益率を上げた。シールの丸い円は、トマトに見えるが実は冬眠中のクマ。デザイナーの石川竜太氏のアイデアで「冬を越える」ことを表した
「越冬フルーツトマトジュース」は、1本720ミリリットルで4968円、「越冬フルーツトマトケチャップ」は1本300グラムで2160円。コロナ禍で売れなかったトマトを濃厚に煮詰めて高級品に仕上げ、利益率を上げた。シールの丸い円は、トマトに見えるが実は冬眠中のクマ。デザイナーの石川竜太氏のアイデアで「冬を越える」ことを表した
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 Web会議や畑の見学を経て、堅田氏のディレクションにより新潟県の旧国名の「越後」と、寒さの深まる冬を越えて甘くなることを掛け合わせて「越冬トマト」というネーミングができた。闇落ちとまとは、越冬トマトの規格外品という位置づけだ。トマトジュースやケチャップに加工することでも規格外品をブランド化している。

「越冬トマト」には「フルーツトマト」と「レギュラー」がある。自社ECサイトで季節限定販売(時期と品質で価格は変動)
「越冬トマト」には「フルーツトマト」と「レギュラー」がある。自社ECサイトで季節限定販売(時期と品質で価格は変動)
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 曽我氏はリブランディング以前から情報発信に力を入れ、発行部数約40万部の「新潟日報」でコラムを連載し、書籍も出版している。さらにSNSに力を入れようと考えたのは、若年層や県外の消費者にも自社の取り組みを知ってもらうためだ。「新聞の読者層はほぼ50代以上。コロナ禍でその方たちが(直売所に)来られなくなる。昨年1年間は自分で勉強した」(曽我氏)

 Twitterは、過去に使っていた個人アカウントを再活用し、まだつながっていた約1000人規模のフォロワーから始めた。闇落ちとまとの投稿の前にも定期的にバズを発生させていて、そのたびにフォロワーが増えていったという。闇落ちとまとは、Twitterのトレンド(盛り上がっている話題)として上がっていた「絶賛発売中」という言葉を乗せて仕掛けた。

 堅田氏との対話を重ねて生まれたECサイトと、曽我氏自身が業務中に書きためたメモから投稿されるTwitter──2つの相乗効果で売り上げを伸ばした格好だ。「実際の売り上げへの貢献が数値として表れてきた。この基礎は、堅田さんがつくってくれた世界観と、リニューアルしたWebページ。これがなかったら売り上げは伸びていなかった」(曽我氏)

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