独立企業へ「経営者を育成せよ」

 「創業の地」に選んだのは、いせやの地元伊勢崎市。ネーミングは当時の販売本部長が考えた。自信があったため、複数候補がある中で一番上にワークマンと書き、決裁をもらいに行った。この作戦が功を奏したのか、土屋氏も「これがいい」と即決したという。

 「働く人、職人だから、ワークマンがいいんじゃないかと、案外簡単に決めた。響きから言うと、衣料品の名前には『ン』がつくのが多い。私は、化学繊維の素材名を頭に思い浮かべた。『レイヨン』『テトロン』『ナイロン』など。いせやは衣料品からスタートしているので、衣料品の名前は聞きなれているし、覚えやすい」(土屋氏)

 ちなみに名づけ親となった販売本部長は、薬の名前を連想したという。

 「薬で売れている商品は『ン』がつくのが多い。『アリナミン』『パンビタン』『パンシロン』『リポビタン』……『ワークマン』もそうだったのでいいなと気に入った」

 とにもかくにも口にしたときの響きが決め手となり、ワークマンは船出した。2年後の82年8月19日には「株式会社ワークマン」として、いせや初の分社、独立企業となる。このとき、土屋氏はこう語っている。

 「経営者の育成ということが、第一の目的。それには分社して経営を任せていくほうがいい。いせやも、これから大きくなっていくためには、経営者を育てていかなければならない。人を育てるにあたって、松下幸之助氏も言っているが、1000億円の企業を経営できる人材を育てるのは難しいが100億円の企業を経営できる人を10人育てることはあまり難しくない。いせやも積極的に分社化し、経営者を育てていく時期に入ったと考えた」

 新会社設立から3カ月後、埼玉県寄居町に10号店がオープンした。と同時に、店舗面積を60坪(198平方メートル)にスケールアップした。「小売業の場合は、常識的に考えた大きさよりも、一段大きくした方がいい結果を出す。これは、これまでの私の経験から言える。これに対してフードサービスの場合は、一段小さくしたほうがいい」(土屋氏)。

 やはり、経験に基づいて、試行錯誤を重ねていたのだ。83年7月には月商1億円を達成する。ところが、順風満帆に見えた84年4月1日、土屋氏はあっさりと代表権のない会長になり、児島尉公氏が社長に就任する。「経営者育成」を有言実行すると同時に、本部ビルの建設に着手した。いせやの傘を外れ、ワークマンは完全に独自の歴史を歩み始めた。

 「私はまだ、時期尚早ではないかとずいぶんためらった。しかし、土屋会長から『いせやの中に間借りをしていたのでは結局、いつまで立っても自主独立の精神が育たない。自分の本部を持つことが取引先やオーナー、パートナーへの信用力を高めることになり、発展のベースになるのだから』と説得され、建設に踏み切った」と児島氏は述懐する。

 84年3月にはワークマン専任のバイヤーが誕生し、独自の仕入れルートを確立した。結果的に本社ビルの建設で信用力が増し、加盟店のオーナーからも「この事業に命を懸けている」ことが伝わったという。FC展開は軌道に乗り、1号店開設から7年半後の88年3月25日、山形県酒田市への出店で100店舗を達成。押しも押されもせぬ、業界のリーディングカンパニーになっていた。

「ワークマンものがたり」の挿絵から
「ワークマンものがたり」の挿絵から

 「企業には歴史がある。歴史にはスタートがある。往々にして、企業の個性はどういうスタートを切ったかによって作られる」

 30年前に編まれた社内報「ワークマンものがたり」の書き出しに照らせば、ワークマンは極めて戦略的に事業を立ち上げ、時代を読んで着実に手を打ち、ファンを広げてきたことが分かる。それは、バブル崩壊も平成不況も物ともせず、一切の企業再編を伴わず、独立経営で成長してきたことで証明されている。

 だからこそ、この会社には、激動の時代を生き抜くヒントが詰まっている。2020年、ワークマンは創業40周年を迎えた。円熟期に差し掛かってなお、ワークマンから飛び出るアイデアはスタートアップのように生き生きとしている。創業の精神を受け継ぎ、あっと驚く手法で、ワークマンを時代の最先端に押し上げた男がいる。そう、彼こそがワークマンを変えた男。「ワークマンものがたり」の続きを、次章以降で、ひもといていきたい。

※この記事は日経クロストレンドの「 インサイド」に掲載されています。

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 主人公は、商社からやってきた1人の男。作業服専門店が、なぜ今をときめくアパレルショップになれたのか。客層を大きく拡大できたのはなぜなのか。実は水面下で、緻密かつ計算され尽くした戦略がありました。組織が躍動し、変わっていく姿を、物語仕立てで克明に描写。全編コロナ後書下ろしで本邦初公開の情報を余すことなく盛り込みました。

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