“枯れた技術”のチューニングがカギに
パーソナライズが劇的に進んだように見えるが、「実は、今回のレコメンド機能に関して、技術面で大きな革新があったわけではない」と榊氏は話す。実際、一休のレコメンドは、数年以上前からレコメンドの基礎として使われている協調フィルタリングをベースにしている。
協調フィルタリングとは、多数のユーザーの嗜好データを収集し、特定のユーザーが好むであろうものを予測する手法で、一般的な通販サイトなどでも使われているいわば“枯れた技術”だ。当然、アルゴリズムも重要と前置きをした上で、「ユーザーが興味を持つテーマやキーワードをいかに盛り込むかなど、細かいチューニングをしてテストを繰り返すことが肝要」と、榊氏は話す。
チューニングは、ユーザーの検索履歴や宿泊履歴をどう読み解くかといったことに加え、前述の「離れ・ヴィラが人気」といったテーマ設定やテーマの名称、写真の見せ方など、多岐にわたる。「テーマのキーワードを少し調整するだけでも売れ行きは変わる」と佐藤氏は話す。このロジック次第では、短期間で数億円レベルの売り上げの変化が起きることもあるという。
複数のエンジニアのロジックを戦わせる
一休はこのテストを繰り返すために、独自の方法を用いている。複数のエンジニアがそれぞれ独自にロジックを構築し、それを同時にサイトで動かし、成約に至った率で競い合うのだ。例えば、エンジニアAのロジックを会員番号001~300番のユーザーに、エンジニアBのロジックを301~500番のユーザーに適用(会員番号は例)するといった具合。多く売れたプログラムがより“正解に近い”というわけだ。
さらに、一度結果が出たアルゴリズムであっても、消費の傾向が変わったり、ユーザーが飽きたりしてしまう可能性もある。いいロジックは残しながら、常に修正を繰り返している。そのため、エンジニアに裁量が与えられているのも面白い。自分のプログラムに関しては、基本的に考えたロジックを面倒な社内での稟議(りんぎ)なしで自由に実装できる。結果が悪ければすぐに修正をし、ブラッシュアップを繰り返す。場合によっては、1日単位でロジックを組み替える。毎週、成果はリポートとして全社員に共有される上、月に1度は参加者同士で成果を共有する場もある。よりいいものをつくろうという競争が生まれている。
エンジニア同士で競い合うこの仕組みは、代表の榊氏が導入した。「そもそもどんなロジックをつくればユーザーに響くのか、教科書のようなものがあるわけではない。データサイエンスの領域では、能力の高い低いは学力のようには簡単に分からないため、実際に試してエンジニアの適性を見るしかない」(榊氏)からだ。
この活動は自主参加が基本。「部活動のようなもので、チャレンジをしている時点で、既に頑張っていることになり評価をする」(榊氏)という。エンジニアにとっては、安心して腕試しができるわけだ。今回のリニューアルに関しては、最大で5人のエンジニアが参加。直近では、榊氏と佐藤氏の2人で競い合っている。
アナログな価値観をいかに磨くかが肝要
複数人でロジックを考えて試すことに加え、同社が重視しているのが、極めてアナログ的だがユーザーのヒアリングだ。
「データドリブンなイメージから、データが大好きで左脳的なロジックを突き詰めていると一休は思われがちだが、右脳的、つまり官能的なものを大切にしている」(榊氏)という。
過去に榊氏は、最先端のレコメンドエンジンを採用した外部サービスを試してみたが、思うようなアウトプットにならず、むしろ違和感が多い結果になったという。例えば、東京在住で平日に京都で宿泊したユーザーに、休日の旅行でも京都の宿をレコメンドするといったもの。「この場合、平日はビジネスでの利用の可能性が高く、そのすぐ後に休日の観光で京都に行くことは考えにくい。人間であればこの違和感にすぐに気づく。このように、旅行や宿泊に関しての行動や心理といったドメイン知識をしっかりエンジニアが把握していることが重要だ」と、榊氏は語る。
そのため同社は、定期的にヘビーユーザーを呼んだ食事会を実施している(コロナ禍の現在は休止中)。その場には、社長の榊氏に加え、希望する社員も参加が可能だ。食事をしながらリラックスした状態で話を聞くことで、旅の仕方や宿泊施設の選び方などに関する気づきを得る。「ユーザーのヒアリングからは、思いも寄らない予約の仕方やサービスの使い方が出てくることも少なくない」(宿泊事業本部マーケティング部兼レストラン事業本部 マーケティング部の花房みのり氏)という。「私ならこのレコメンドが出たらうれしい。あのユーザーさんならこのレコメンドを喜んでくれる。当たり前だが、目に見えている人に関してのレコメンドが納得できるレベルになっていなければ、ロジックとしては破綻している」と、榊氏は語る。そのためにも、ユーザーに会うことは極めて重要なのだ。
パーソナライズは万能ではない。逆効果になることも
レコメンドを強化する榊氏だが、「どんなサービスにも導入すればいいわけではない」と危険性も指摘する。
特に注意すべきだと榊氏が語るのが、ユーザーと企業の関係性だ。「信頼関係や密な関係性がなければ、レコメンドはむしろ逆効果になる可能性がある」(榊氏)という。例えば、アパレルで考えると非常に分かりやすい。年に1回しか買い物に行かないショップの店員さんから「久しぶりだけどこれはあなたにお似合いですよ?」と言われ、強く心が動く人は少ないだろう。一方で、よく行く店のセンスが分かっている店員さんが、「これいいですよ」と言えばすぐに買う人がいるはずだ。「よく知っている推薦者からのレコメンドは参考にしたいと考えるが、そうでなければ反発につながりやすい。冷静に考えれば当たり前のことだが、オンラインサービスだと何でもレコメンドを組み込もうと考えるケースが多い」(榊氏)。
「親密性が薄い場合は、シンプルに人気ランキングを教えてくれた方が心地よいと思う人が多い」と、榊氏は指摘する。今後、企業連携や情報銀行といったデータの共有プラットフォームの構築などによって、さまざまなサービス間で個人の履歴データを共有するケースも増えていくと考えられる。だが、「信頼のない状態でのレコメンド」は危険性もはらむ。あえてレコメンドを使わないという選択も“パーソナライズ”といえそうだ。
特集の第2回では、ディスカウントストアのトライアルカンパニー(福岡市)が主導するプロジェクト「リアイル」を取り上げ、リアル店でのデータ活用を追う。
(写真/竹井俊晴)
(この記事は、日経クロストレンドで3月15日に配信した記事を基に構成しました)
※この記事を含む特集「データ活用最前線 進むパーソナライズ」は日経クロストレンドに掲載されています。
有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。
※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。
この記事はシリーズ「日経クロストレンド」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?