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ついに5Gの商用サービスが始まった。通信大手が用途の創出を目指す中、「単に速い通信」を超えるビジネスの芽を育てることができるのか。新型コロナウイルスが広がり、通信への依存度も高まっている。本特集「発進『日本版5G』実サービスの真価」は次世代通信技術の真価を問う。第1回は「リアルとバーチャルの融合」をテーマにお届けする。

新型コロナウイルスで非接触サービスへのニーズが高まっている(写真は2019年12月にANAホールディングスと三越伊勢丹が行ったアバターロボットを介した遠隔買い物サービスのトライアル)

 2020年3月27日、サブカルを愛する人々を落胆させる発表があった。20年5月2日から東京ビッグサイト(東京・江東)で開催される予定だった「コミックマーケット98」が、新型コロナウイルスの影響で中止になったのだ。コミックマーケットは、「コミケット」「コミケ」という略称で親しまれる日本最大の同人誌即売会で、全国から70万人以上が集まるサブカル界屈指のイベント。1975年からの歴史で、開催中止に追い込まれるのは初めてという。

 「コミケ中止ならバーチャルできない?」そんな書き込みがSNS上にあふれる中、僅か3日後の20年3月30日にコミケとは別の主催者から発表されたのが、「ComicVket 0(コミックブイケット・ゼロ)」の開催だ。「ブイケット」とは、バーチャルマーケットの略。バーチャル空間で同人誌の電子データを販売するイベントだ。もともと20年8月の実施に向けて準備が進められていたが、大幅に前倒して20年4月10~12日に緊急開催されることになった。

 主催するVR(仮想現実)法人HIKKY(ヒッキー、東京・渋谷)の舟越靖社長は「フォロワー数が10万人を超えるような有力なクリエイターが複数参加を決めた。リアルなイベントには参加が難しい、海外在住の人たちも参加してくれるだろう」と期待する。3日間で1万人の来場を見込んでいたが、想定の倍を超える延べ2万5000人が来場。緊急の開催としては上々の出来といえ、20年8月の本開催では、さらなる集客が期待できそうだ。

 「こうしたバーチャルなコミュニケーションの場に今後不可欠になるのが5Gだ」と舟越氏は話す。なぜか。

 コミックブイケットは、同人誌の電子データを売るための単なるECサイトではない。エントランスをくぐるとVR空間が広がり、出品者のブースが並ぶ。バーチャルな空間内を自由に移動し、アバターとなった出品者と来場客がチャットなどでコミュニケーションを楽しむことができる。VRゴーグルを持たないユーザーでも、パソコンやスマートフォンで参加が可能だ。

VR法人HIKKYは同人誌の電子データを販売するバーチャルイベントを緊急開催(画像提供/VR法人HIKKY)
バーチャルな空間に出店者のブースが並ぶ(画像提供/VR法人HIKKY)

 5Gには高速大容量、低遅延、多接続という3つの特徴がある。3大キャリアは、高速大容量に注目し、4Kや8Kなど高精細映像や多視点映像のライブ配信を5Gサービスの目玉に据えている。しかし、「ライブ配信のような一方通行のコンテンツなら、すでにパソコンやテレビで視聴が可能で、5Gのメリットを十分に生かしているとは言えない」と舟越氏。携帯端末ならではの双方向性を生かし、多人数でのコミュニケーションに活路を見いだすべきだと話す。

 コミケの会場を回るファンの楽しみの1つは、作品を手掛けている作者との交流だ。文字のチャットや音声だけでなく、リアルな表情や身ぶり手ぶりを表現するとなれば、スマホ内部の性能だけでVRやAR(拡張現実)の画像処理をするのは難しい。サーバー上でそれらの処理をすることになる。その際、大容量データを低遅延でやりとりできる5Gが生きてくるというわけだ。

 双方向のコミュニケーションが高度化すれば、AI(人工知能)の翻訳を組み合わせ、距離だけでなく言葉の壁も超えることができる。そして同人誌のファンにとって最大の楽しみは、自分好みの作品を見つけること。5Gによって進化した対話、それによって生じた購買の履歴などの行動データを生かせば、膨大な同人誌の中から自分の好みに合わせたものを容易に見つけ出す機能も実現できるだろう。5GとVRの組み合わせによって、バーチャル空間がリアル世界をしのぐマーケットへと進化していく可能性がある。