自社のサービスやブランドを愛してくれるファンをベースにして、中長期的に売り上げや事業価値を高める考え方である「ファンベース」。その実践ポイントを紹介していく特集「実践! ファンベース」の第1回。元ネスレ日本で、現在はファンベースカンパニー社長の津田匡保氏と、メディアプラットフォーム「note」のnoteプロデューサー、ブロガーの徳力基彦氏が語り合った対談の前編をお届けする。
noteプロデューサー、ブロガーの徳力基彦氏(写真左)と、ファンベースカンパニー社長の津田匡保氏(同右)
noteプロデューサー、ブロガーの徳力基彦氏(写真左)と、ファンベースカンパニー社長の津田匡保氏(同右)

津田匡保氏(以下、津田) いきなり「たられば」で恐縮ですが、徳力さんに出会っていなかったら、僕は今ファンベースカンパニーで仕事をしていなかったかもしれません。(笑)

徳力基彦氏(以下、徳力) そうか、さとなお(佐藤尚之氏、ファンベースカンパニー会長)さんと津田さんを最初に引き合わせたのは、僕でしたね。津田さんと出会ったのは7年ほど前。当時、「ネスカフェ アンバサダー」を成功させていた津田さんとイベントで一緒になり、親しくなりました。ちょうどその頃、僕はさとなおさんが主催する社会人ラボにも通っていたんです。

津田 2013年にスタートした「さとなおオープンラボ」の1期生なんですよね。

徳力 当時、僕はアジャイルメディア・ネットワークにいて、ブログやTwitterなどのソーシャルメディアの正しい企業活用について啓蒙活動を行っていました。世間ではインフルエンサーマーケティングが盛り上がる中でファンベース的なアプローチのメニューを企業に提案しようと考えましたが、なかなか理解してくれなくて……。そんなときにさとなおさんの話を聞き、「自分の考えは間違っていなかった」と確信できました。

 だから、さとなおさんと津田さんが出版した新刊『ファンベースなひとたち』を読んで、感慨にふけってしまったんですよ。僕はファンベースこそ「王道」だと信じているけど、既存顧客としっかりコミュニケーションを取る企業は、いまだに少ない。でも、この本ではマーケティングや経営に関わる人たちが顧客やファンを中心に置いた活動をされている事例がたくさん書かれていて感動しました。できれば、僕も出たかったくらい。自称ですけど、さとなおさんの一番弟子ですから。(笑)

津田 徳力さんから見て、ファンベースはどの程度浸透してきていると感じますか?

徳力 10年単位で見たら増えていると思いますが、業界全体ではまだまだ黎明(れいめい)期だと思います。日本はテレビCMの効率が本当にいいんです。ウェブマーケティングの企業もBtoBの企業もテレビCMを流すくらい、マスマーケティングがまだまだ効く国。でも、ここ数年はマスマーケの手法と合わせて、ファンベースのアプローチを取る企業も増えてきたように感じています。

 さらに、SNSの普及によって一般の人が「メディア化」してきました。口コミから大ヒットにつながった映画『カメラを止めるな!』はその代表例。今までは消費するだけだった一般の人が、感動して、それをSNSなどで次の人に伝えるようになった。

 一方で、マスマーケの考えを持ったまま、広告手法としてファンベースを形だけ取り入れようとする企業も出てきていますよね。頭がマスマーケのままだと、「生活者を動かして売り上げを上げよう」とTake(テーク)から入ってしまう。ネスレ日本時代から、津田さんと話していると、「こんなにお世話になっているファンの人たちに何か恩返しがしたい、もっと喜んでもらいたい」というGive(ギブ)の心を、まず感じます。最初にそれがあって、うまくファンに伝わるから、いろんな施策が機能するんです。

津田 「リターンをください!」「拡散してください!」と企業が一方的に求めているばかりでは、ファンが離れてしまいますよね。その上、せっかくファンになってくれた人を放っておいたまま次の新規顧客を獲得しに行くのはもったいない。ファンから傾聴したヒントを基にコミュニケーションを変えるなど、ファンベースの考え方をマスマーケに取り込むことも有効だと思います。

徳力 そういう事例は出始めてますね。例えば、トヨタ自動車が展開しているオウンドメディア「トヨタイムズ」。従来だったらクルマが格好良く走っている商品CMを流すのが普通のところを、香川照之編集長が世界各地を飛び回り、豊田章男社長や関係者のインタビューなどを取り上げる。隔世の感があります。

津田 今までとは違う価値訴求ですよね。現代の生活者に何を伝えていくのかを考えたとき、トヨタは企業理念や社員さんの思いを伝えることを選択したのかもしれません。

徳力 もともと生活者も、こういう情報を求めていたんですよ。最近、ようやくそれが結果につながる正しいやり方だと、企業側も気づいてきたのではないでしょうか。

SNSで「類友」が可視化された

津田 ここ数年で、SNSの存在もかなり大きくなりましたね。

徳力 今なら、黙っていても「『鬼滅の刃』がすごい」という情報が入ってきますが、昔はなかなか口コミにも巡り合えなかったですからね。でも、実はTwitter上のトレンドのような短期的な話題だけがネットの全てではなくて。noteの「中の人」になってみて、「『○○が好き』という共通点でこんなにも人が集まるのか」と驚きを覚えています。興味が同じ人や特定のものが好きな人が集まれば、そのコミュニティーは活性化する。これはSNSが普及する以前には不可能なことでした。

noteの月間アクティブユーザーは6300万を突破
noteの月間アクティブユーザーは6300万を突破
[画像のクリックで拡大表示]

津田 SNSでは「類友」や「仲間」が可視化されますからね。この効果は大きいです。ネスカフェ アンバサダーを手がけていたときに心掛けていたのは、「いかにアンバサダーさんに自信を持っていただくか、共感を強めるか」でした。企業側の私たちは応募者の総数が見えていますが、応募した側は「全国で私だけなんじゃないか」と不安になることもあるようで。自分だけコーヒーマシンを無料で貸してもらっていいのかと(笑)。でも、何度もアンバサダーさんを集めたイベントなどを開催して、「こんなにもたくさんアンバサダーさんがいる」と実感してもらえました。

 「自信を持ってもらう」というのは、ある種、ファンベースのキーワードの1つなんですよね。自分はこの企業に共感していて、そこに同じように考えている「仲間」の存在があると共感度がグッと上がる。そして、さらに別の人に話したくなるんです。

徳力 お客さんも自信がないし、実は企業側の人も自信がない。これまでは、商品が素晴らしくても、それぞれが別々に感動して終わってしまっていました。それが今は、SNSでその感動がつながる。まさにファンがベースになってじりじりと広がっていきますよね。

 noteにもそうした一面があります。noteはサービスのコアとなる「クリエイター」の熱量が本当に高い。noteが大事にしているのは、「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」こと。これは本当にクリエイターのためになるのかと常に考え、実践することで支持されています。従来のブログサービスと比較すると、これまで機能価値は評価されても、noteほど情緒価値に寄って支持されたサービスはなかったでしょう。単に使いやすいだけのサービスだったら、noteは今の成長にはつながっていなかったと思います。

続きを読む 2/2 企業SNSは宣伝ではなく、「対話」のツール

この記事はシリーズ「日経クロストレンド」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。