
日本の清涼飲料市場は、長らくアルコールメーカーに席巻されてきた。領空侵犯を一方的に許してきた飲料の雄、日本コカ・コーラが放った爽快な一撃。「こだわりレモンサワー 檸檬堂」が缶チューハイ市場で快走している。
率いるのは最高マーケティング責任者(CMO)の和佐高志氏だ。P&Gで化粧品、スキンケア、洗剤など、18年間ほぼマーケティングに従事し、2009年日本コカ・コーラに入社。緑茶「綾鷹」ブランドの立て直しや「ジョージア」ブランドの活性化などを行ってきた。だが、そんな和佐氏でも、全くのゼロから新ブランドを立ち上げる機会はなかなか巡ってこなかったという。
買ってもらうまでの「3つのパワー」を重視
「全部決めてもらって構わない。自由演技でやってくれ」。アルコールに参入するとき、和佐氏が当時の社長から言われた一言だ。コカ・コーラグループとしても、自社ブランドのアルコール飲料に本格参入するのは世界初の挑戦となる。その大役を全権委任され、和佐氏は「これまで30年間培ってきたマーケティングのノウハウをすべてつぎ込む」と決めたという。
そもそも、なぜ日本コカ・コーラが“禁域”とも思えるアルコール市場への参入を決めたのか。和佐氏に問うと、答えは明快だった。「そこにホワイトスペースがあったから」だ。
「人々の一生と日々の生活に寄り添う飲料『ビバレッジ・フォー・ライフ』が当社の方針。コカ・コーラから始まり、ファンタなど他の炭酸飲料やジュース。日本は世界でも一番進んでいて、お茶、コーヒー、水と、ポートフォリオが最も充実している国。世界のコカ・コーラ各社は、日本からどうやって学ぶかが合言葉になっている。米アトランタの本社からも、日本がアルコールでパイロットテストをするなら、挑戦してみるに足るだろうとGOサインが出た」(和佐氏)
アルコールで挑むならビールやウイスキーといった技術が必要なものではなく、初手は自分たちの強みを生かせるジャンルから攻めるべき。また、清涼飲料で多彩な果汁を扱ってきた経験があり、炭酸飲料の知見も使える。「自分たちの強さを生かせるうえに、当時の競合商品には紋切り型のものが多かった。ここにスペースがある、と判断した」(和佐氏)と、缶チューハイに照準を定めた。
評判の居酒屋やバーに通い、リサーチを続けると、見えてきたのがレモンサワーの奥深さ。本格的な居酒屋では、生のレモンをすりおろすなど、製法や果汁感、味わいが明確に市井の缶入りレモンサワーとは異なっていた。この味わいをそのまま缶に詰められないか。そんな発想から生み出されたのが、レモンを皮ごとすりおろし、あらかじめアルコールで漬けてなじませる、前割り製法という作り方だった。

よそにはない強い商品ができた。そこからのマーケティングは和佐氏の真骨頂だ。「『居酒屋の文化』というものをすごく注意してブランディングをしていった」といい、文脈に沿った戦略を一つ一つ紡いでいく。
例えば商品名。「レモンサワー専門店の屋号は何がいいだろう」と考え、生まれたのが居酒屋の店名にあってもおかしくない、「檸檬堂」という和の名前だった。製品というよりも檸檬堂というお店がオープン、そこで出しているこだわりの味を多くの方に届けられるように缶に詰めた、という文脈だ。
消費者に後発ブランドの檸檬堂を手に取らせ、買ってもらうためには、相応の戦略が要求される。和佐氏はそのために必要な要素を「3つのパワー」で説明する。その1つ目が、客の目を引いて立ち止まらせる「ストッピングパワー」。この役割を果たすのが、棚で埋没しないための独自性のあるパッケージだ。
和佐氏が出した方針は、「メタリックなシルバー禁止、シズル感禁止」というもの。チューハイの売り場にありがちなパッケージデザインではなく、居酒屋の文脈をここでも守り通した結果、店主が締めている「藍染めの前掛け」を模したデザイン、という発想に行き着いた。
レモンサワー専門店なら、いろいろな味や濃さの種類があってもいいはず。そこで考え出されたのが、アルコール度数に応じて3種類の味わいを用意するという手法だった(現在は4種類)。5%の「定番レモン」の他、7%の「塩レモン」、3%の「はちみつレモン」。さらには9%の「鬼レモン」も加わり、レモンサワーだけで4つの棚を占拠するという斬新なマーケティング手法。これが、2つ目の力である、客に興味を持ってもらい手に取らせる「ホールディングパワー」だ。
そして最後が、かごに入れて会計まで持っていく力「クロージングパワー」。他の商品と比べて、「おいしそう」「そういえば聞いたことがある」と想起させる力だ。これは、広告や宣伝、販促などが織りなしていくもの。「この流れをうまくつくれると、ブランドは育っていく」(和佐氏)
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