書籍『アフターデジタル』が示すDX(デジタルトランスフォーメーション)変革に、なぜ日本は後れを取ったのか。その状況を企業が打開する処方箋は何か。withコロナで社会が大きく変化する中、国内でも芽吹きつつあるアフターデジタル時代の新ビジネス手法を追う。
書籍『アフターデジタル』が示すDX変革が日本でも広がりつつある
デジタルがあらゆるものを含有する「オフラインのない時代」が到来し、社会システムのアップデートが進む――。書籍『アフターデジタル』(日経BP)では、そんなDXによって劇的な変化を遂げたのちのビジネス環境を「アフターデジタル」と定義する。例えば、いまやデジタル先進国とされる中国。モバイル決済、シェアリング、行動データや信用スコアを活用したアフターデジタルの世界観に沿った数々のサービスが登場している。
現在の日本の状況はどうなのか。ビービット(東京・千代田)東アジア営業責任者で『アフターデジタル』の筆者である藤井保文氏は「我々もDXをやろう、OMO(Online Merges with Offline=オンラインとオフラインの融合)をやろうという企業は多いが、デジタル化が目的になっていることが多い」と指摘する。
藤井氏は、日本企業がビジネス上でアフターデジタルの世界観を生み出すには、やみくもにデジタル化を進めるのではなく、「顧客に提供する価値が何であるかを、今まで以上に重視するように、ビジネスの定義をし直す」(藤井氏)ことが必要だと言う。そのポイントを3つに絞れば、以下のようになる。
(1)属性データの時代から行動データの時代へ
(2)商品販売型ではなく体験提供型のビジネスに移行
(3)生まれた利潤とデータをUX作りに還元する
ビービット東アジア営業責任者の藤井保文氏。上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究すると同時に、実践者として企業の経営者や政府へのアドバイザリーに取り組む。著作『アフターデジタル』シリーズは累計14万部を突破
「属性データの時代から行動データの時代へ」とは、単に年齢・性別・職業といった人の属性を捉えるのではなく、モバイル機器やIoTを生かし、人が何かアクションを起こすときの状況を把握することを意味する。「行動データがあれば、最適なタイミングで顧客とコミュニケーションを取れるようになり、提供できる価値が変わってくる」(藤井氏)
行動データによる顧客の状況を常に得るには「商品販売型ではなく体験提供型のビジネスに移行」する必要がある。「製品を販売するだけでは、消費者が買うときにどんな心情や背景があったのか分からない」(藤井氏)。日々ユーザーとの接点を持ち続けるサブスクリプションサービスのような仕組みを持つことが重要となる。
『アフターデジタル』(左、著:藤井保文・尾原和啓)と『アフターデジタル2 UXと自由 』(著:藤井保文)
魅力のあるUXを構築し、日々消費者が欠かせないサービスとなれば、その利潤を再投資し、行動データを改善に生かすという好循環のループを生み出せる。図は「アフターデジタル2」の161ページを参考に編集部で作成した
そうしたサービス基盤を通して「生まれた利潤とデータをUX作りに還元する」。UX(ユーザーエクスペリエンス、顧客体験)とは、単に利便性があるだけでなく「楽で、使いやすく、楽しい」と実感できる仕組みのことだ。魅力のあるUXで消費者が日々手放せないサービスとなれば、さらに利潤を生み、行動データもたまっていくという好循環のループを生み出す。
「電話で即決」の手法から変革
これらアフターデジタル時代のUX作りに取り組む企業の1つが、全国で中古車販売店「ガリバー」を展開するIDOM(旧ガリバーインターナショナル)である。「とにかく効率良く潜在顧客を集めて、電話して即決につなげる。それがかつて我々のマーケティング部隊にとって主務となっていた」。そう振り返るのは、IDOM総合事業部 DX推進セクション/インサイドセールスブロック セクションリーダー/マネージャーの孫健真氏だ。
例えば「中古車 セレナ 東京」とWebの検索サービスに入力すると、トップに「中古車探すなら ガリバー」と出てくる。ランディングページを開くと欲しい車のメーカーや車種、名前と電話番号を入力するフォームがある。消費者が「GO」ボタンを押すと、即座にコンタクトセンターから電話がかかってくる、といった具合だ。
そうした販売手法は着実な成果を積み上げてきたことは間違いないが「強気で即決を迫るような手法だけでは、お客さんの離反につながる可能性もある」(孫氏)。だからこそ、マーケティングのあり方を「商品販売型から体験提供型へと切り替えようと5年前から取り組んできた」と孫氏は話す。
成果の1つが、16年1月に開始したチャット上で中古車を提案するオンライン接客サービス「クルマコネクト」だ。Webページのチャットで車の購入や下取りに関する相談を受けつつ、近くの店舗に送客する。通常、納車後のアフターサービスは店舗が担う。ところが、クルマコネクト経由で納車に至った顧客は、その後も頻繁にチャットで問い合わせをする傾向が見られたという。
アプリで購入後のつながりを維持
「このドライブレコーダー、動いてます?」。納車の数日後にそんな問い合わせがチャットに送られてくる。よく調べてみると、納車の時点での説明漏れでドライブレコーダーが起動していなかった。そんなケースで「気づかずに放置していたら、大変なご迷惑をかけてしまう。電話するまでもないか、という案件でも、友達にLINEする感覚で気軽にメッセージを送ってもらえる」(孫氏)という効果がチャットにはある。
チャットサービスのクルマコネクトを継承し、購入後のサポートの機能を強化したアプリ「myGulliver(マイガリバー)」
現在、車の買い替えの頻度は約7年といわれる。それだけの長い期間であっても納車後も顧客とのつながりを持つために「購入前だけでなく、納車後の人も手厚くサポートするモデルに今期から取り組んでいる」(孫氏)。そのサービスが20年4月に投入した新アプリ「myGulliver(マイガリバー)」だ。
マイガリバーは、クルマコネクトのチャット機能を継承しているほか、購入した車を登録でき、車両情報や保証の内容を確認できる。チャットで購入後のメンテナンスなどに関する問い合わせもできるようにした。車検やオイル交換、タイヤのパンク修理保証などのサービス案内もプッシュ通知で送る。
中古車は、旧オーナーと新オーナーの乗り方の違いなどから、納車してから1カ月が最もトラブルが発生しやすいという。マイガリバーでは、納車1カ月後に「状況はいかがでしょうか」と問いかける通知を送っている。その閲覧数は95%に達する。
チャットの問い合わせは、現在はコンタクトセンターで受け付けている。20年8月からはPoC(概念実証)として山口県や鳥取県など25店舗でチャットの問い合わせを営業担当全員がパソコン上で確認できる仕組みを整え、必要なときに即座に対応できるようにした。11月には同様の仕組みを60店舗に拡大していく予定だ。
アフターデジタル時代には「デジタルの手段を用いて現店舗のあり方を再定義し、機能を最大化していく」(孫氏)というOMOの取り組みが不可欠となる。その一環として20年5月に開始した「おうちでガリバー」は、オンライン上のチャットや動画、あるいは電話で納車までつなげるサービスだ。
来店不要で車が購入できる「おうちでガリバー」。チャット上で気軽にローン審査ができるという点が好評だという
中古車の在庫は、全国500の店舗に広がっている。顧客が購入したいと考えている車が遠く離れた店舗にある場合、「では動画で見てみましょうか」と電話やチャットの担当者が店舗の営業担当と連携しながら、3者をZoomでつなぎ、顧客が気になる部分をチェックしてもらう(一部店舗では非対応)。納車後には、顧客の最寄り店舗の営業担当などがサポートを引き継ぐ。
香川県高松市の「ガリバー高松中央通り店」では、レーンの矢印に沿って車を走らせるとAI(人工知能)が分析してLINEで査定額を伝える「ドライブスルー査定」も20年4月に開始した。
「ガリバー高松中央通り店」で開始した「ドライブスルー査定」のステーション
これらサービスの狙いは、その場限りのターゲティングをするフロー型のマーケティングではなく、顧客と継続的につながりを持つ「ストック型に変革していく」(孫氏)こと。マイガリバーでも、3日に1回などのタイミングで、独自アルゴリズムで抽出した顧客の好みに合わせた中古車の最新在庫の情報をチャットで自動送信する。各車の情報欄には「興味あり」「興味なし」とボタンがあり、顧客の好みがどう変動しているかをアップデートする仕組みになっている。
新型コロナウイルス感染症拡大で、マイカーの需要が拡大したこともあり、マイガリバーなど同社アプリのDAU(デイリーアクティブユーザー)は20年4月前後の6カ月で比べると、240%に増えている。政府がデジタル庁を推進するなどDXの機運が広がる中、「それこそ車検場のデジタル化ができたとしたら自動車業界は一気に変わる。そうした変化に柔軟に対応できる企業であり続ける」(孫氏)。
サントリーは健康経営でコト作り
同様にモバイルのアプリを活用することで顧客とのつながりを深めるUXの開拓を進めている企業がサントリーだ。
サントリーコミュニケーションズ執行役員デジタルマーケティング本部長の室元隆志氏
「(中国のように)サービサーが力を持ったときに、メーカーの主体性はどうなるか。生き残るすべを持っていなければならない」と話すのは、サントリーコミュニケーションズ執行役員デジタルマーケティング本部長の室元隆志氏だ。同社グループのDX戦略をけん引する室元氏は、DXの議論を社内で進める際に「サントリーの企業価値は何かという原点に立ち戻って考えた」という。「なぜサントリーは120年間生き続けられたのか。赤玉ポートワイン(現在は赤玉スイートワイン)、ウイスキー、ハイボールなどの製品を通して、飲酒文化を広げるコト作りをうまくやれてきたからではないか」(室元氏)
例えば「ハイボールに唐揚げ」といったムーブメントをこれまではマスメディアを通して広げてきた。「(画面を通して)2次元的にお伝えしてきたのが今までのマスメディア。これからはデジタルを通して消費者が生活の中で能動的に使う3次元的な体験を作り出していかなければならない」と室元氏は分析する。
健康アプリ「SUNTORY+(サントリープラス)」
そうした考えの下で生み出したサービスが、20年7月にスタートしたサントリー⾷品インターナショナルの「SUNTORY+(サントリープラス)」だ。企業の「健康経営」をサポートすることに主眼を置き、無料のアプリを配布。アプリの中では、体脂肪が気になる人には「朝起きて水を1杯飲む」「電車の中では立つ」などの簡単に達成できるタスクを提示する。日々のタスクが実行できたら実行ボタンを押して記録に残す。サプライズとして、職場の自動販売機で健康飲料と引き換えができるクーポンがもらえることもある。
「通常、企業向けの健康アプリの継続率は15%程度だが、開始1カ月後でも40%ほどを維持できている」(室元氏)と成果も見え始めた。現時点では、アプリで集約したデータ活用はアプリの使い勝手を改良する程度にとどまるが、将来は新たな健康サービスなどUXの発展に生かす可能性もある。
新型コロナウイルス感染症拡大で家飲みが続き、マンネリ化しているといった人も多い。「そうした顧客の課題や社会課題を捉えてサントリーがやるべきことを考えるのがDXプロジェクトの目的」(室元氏)と位置付け、21年に向けた新サービスの議論を進めている。
今後は「UXを生み出す構想力の勝負になる」と話す藤井氏
今後は、自社の強みを生かしたうえで「UXを生み出す構想力の勝負になる」(藤井氏)。単に利便性を求めるだけのサービスでは「燃費が良い車を作る場合と同様に、いかに指標を高めるかという勝負となり、資金力や技術力がある数社しか生き残れない」(藤井氏)。経済も文化も成熟した日本の社会では「多彩な生き方、多様な価値観に合わせたライフスタイルを提供できる『意味性』に富んだサービスが求められる」と藤井氏は指摘する。
日本の企業が、独自の多様なUXを生み出すトレンドが加速すれば、アフターデジタル時代の本格到来は近い。本特集では、先進企業が取り組むUX構築の事例を紹介していく。
(写真/菊池くらげ、写真提供/IDOM、サントリー食品インターナショナル)
※この記事を含む特集「日本版『アフターデジタル』の夜明け」は日経クロストレンドに掲載されています。
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