2015年に米国で誕生した斬新ガジェットを体験できる店舗「b8ta(ベータ)」が20年8月、日本に上陸。東京・有楽町と新宿にオープンした。“売ることを前提としない”が特徴で、コロナ禍でECが伸びる中、消費者との接点として注目を集める。ダイソンなどをへて、日本の店舗を統括するb8ta Japanの北川卓司氏は、日本向けにどうカスタマイズしたのか。
北川卓司氏
北川 卓司 氏
b8ta Japan カントリーマネージャー

2004年に独立系PR会社に入社し、外資系のIRコンサルティング会社に転職。その後、学生時代から愛用していたカメラと写真のコミュニティーが縁で、ウェブマーケティング担当としてロモグラフィー入社。ロモジャパンCEO(最高経営責任者)を経て、仏EMLYON経営大学院でMBAを取得。15年、ダイソンにリテールマネージャーとして入社し、ダイソン世界初の旗艦店「Dyson Demo表参道」をオープンさせた。19年11月より現職

 2020年8月、東京の有楽町と新宿に“モノを売ることを目的としない”斬新な店がオープンした。米サンフランシスコ発のb8taだ。

 b8taの店内には、約60×40センチに分かれた区画が多数並び、それぞれに個性的なデジタルガジェットをはじめ、コスメや食品、アパレル、玩具などバラエティーに富んだ商品が陳列されている。客は、店内を自由に見て回り、気に入ったものを手に取って実際に試せる、体験に特化した店舗だ。

 各区画にはタブレットが設置され、商品の説明動画などを自由に見られるうえ、スタッフに声をかければ詳細な説明も聞ける。その他にイベントスペースもあり、有楽町の店舗では小型ドローンを操作できるブースが設置されていた(20年9月中旬時点)。商品をその場で買えるのは一般的な小売店と同じだが、店内でスタッフと相談するだけでもOK。その場で同社以外のオンラインショップにアクセスして買ってもいいという。スタッフが“積極的に売ろうとしない”のは、まさに定石外れだ。

 この斬新な店舗の日本展開を任されたのが、b8ta Japanカントリーマネージャーの北川卓司氏だ。同氏はロモジャパンCEOを務めた後、ダイソンのリテールマネージャーとして世界初の旗艦店「Dyson Demo表参道」をオープンさせた経歴を持つ。19年にb8ta Japanの代表として、日本出店計画をゼロから企画した。

 そもそもなぜ、b8taは“売らない”戦略を取れるのか。その秘密は、ビジネスモデルにある。

ロボットやドローンといった最新のITガジェットに加え、日用品やアパレルなども並ぶ。スタートアップから大手企業の商品まで、バリエーションは非常に豊富だ
ロボットやドローンといった最新のITガジェットに加え、日用品やアパレルなども並ぶ。スタートアップから大手企業の商品まで、バリエーションは非常に豊富だ
有楽町店にはイベントスペースも用意。9月中旬時点では、ドローンを実際に飛ばせる体験ゾーンを展開していた
有楽町店にはイベントスペースも用意。9月中旬時点では、ドローンを実際に飛ばせる体験ゾーンを展開していた

 b8taは店舗内の区画を商品の出品者に定額で貸し出すのが特徴で、いわばオフラインでの「販売スペースのサブスクリプションモデル」(北川氏)。b8taは店でモノが売れなくても収益が上げられる。RaaS(リテール・アズ・ア・サービス)と呼ばれる、新しい概念の象徴的な存在だ。

 出品企業は、販売したい商品や情報をb8taに送るだけでいい。在庫管理から販売、売り上げの管理、スタッフのトレーニングなど商品の販売に必要なサービスはすべてb8taが受け持つ。b8taから出品者には、入店者数、性別、年齢、商品の前を通り過ぎた人の数、商品の前で立ち止まった人数やその時間、デモを見たり説明を受けたりした人の数といった定量的なデータに加え、接客をしたスタッフから報告された来店者の声などの定性的な情報も提供する。「1区画当たりの出品費用は月額30万円前後(税別)で、1日に換算すると1万円程度。ウェブのバナー広告と同程度であり、マーケティングのプラットフォームとして利用してもらうことを想定している。また、コロナ禍でECが伸びる中、消費者とのタッチポイントとしても手軽に使ってもらえると考えている」(北川氏)。

日本の商習慣に合わせたローカライズを徹底

 日本進出に際し北川氏が強く意識したのが、日本市場に合ったローカライズだ。

 例えば、扱う商品ジャンルは北川氏が決めた。「商品のバラエティーを米国よりも広げた。米国ではガジェットやIT機器がほとんどを占めるが、日本ならではの商品を多く置くように変更。例えば、ガジェット好きでドローンを見にきた人が、近くに置いてある日本の伝統工芸品に興味を持ったり、その反対があったりするかもしれない。b8taではこういった偶然を創出していきたい」(北川氏)。出品企業にとっては、既存の顧客以外の層に手に取ってもらえる可能性が生まれるのも魅力だ。また、「b8taは最新ガジェットを体験できるだけの店ではなく、新しいものに出合える場。扱う商品のジャンルを絞らないことで、b8taのブランドイメージが固定されないようにしている」(北川氏)。

 接客に関してもローカライズを徹底した。大きく変えたのはスタッフの人数だ。「多くの日本人のお客様は、商品をじっくり見ているときに声をかけてほしくないと思っている。しかし、何かを知りたいときにはとことん聞きたいという人が多く、接客時間が長くなったり、スタッフと一緒にいくつかの商品を見て回ったりすることもよくある。そこでスタッフの人数を米国より増やした」(北川氏)。米国では1店舗当たりスタッフが1、2人のところ、日本は5、6人が対応する。

 さらに、あいさつにも工夫を凝らした。「日本で商品を販売する店舗なら『いらっしゃいませ』と声がけするのが一般的だが、b8taでは『こんにちは』とあいさつするようにしている。それは、b8taが“売るための店”ではないから。また、『こんにちは』は、私はあなたに気づいていますよという合図でもある。スタッフから積極的に声をかけることはあまりないが、何か質問があったらいつでも聞いてくださいという意味を込めている」(北川氏)。

ハイテク勝負ではなく、販売スタッフの教育で差別化

 ショールームやポップアップストアなど、b8ta同様に売ることを主目的としない施設は増えてきているが、「スタッフそのものがb8taの差別化のカギ」(北川氏)というだけあり、スタッフ教育に力を入れている。

 「1カ月ほど運営した結果、出品者は定量的なデータより定性的なデータに興味を持っていることが分かってきた。例えば、商品を長い時間チェックし、興味がありそうなお客様が購入しなかった場合に、『どうして買わないのか』といった生の声は一般的な店舗では入手できない。しかし、b8taならスタッフと客との何気ない会話の中から、この答えを探り出すこともできる」(北川氏)。この定性的なデータを得るために重要なのが、スタッフの質問力。そのために「米b8taもスタッフの教育に力を入れており、数百ページにもわたる接客マニュアルがある。これを日本語化しただけでなく、日本のスタッフが前職で経験した要素も盛り込み、独自のトレーニングシステムをオンラインで利用できるようにした」(北川氏)という。新しいスタッフは、まずこのシステムで、最低3日間はトレーニングを受ける。

 「スピーカーやドローンのようにスペックが重要な商品もあるが、スペックでは価値を伝えられないモノも多い。例えば、クラフトビールは、どんな人がどのような思いで開発したのか、ストーリーから商品に落とし込むことで魅力が伝わる」(北川氏)。そこで、b8taで扱うすべての商品について、スペックや操作方法だけでなく、その企業のミッションや開発ストーリーまで頭にたたき込むようにスタッフに指導をしている。また、常に同じ商品が並んでいるわけでなく、商品は定期的に入れ替わる。新しい商品を店頭に出す前に、2週間はトレーニング期間に充てるというから、その徹底ぶりには驚く。

続きを読む 2/2 メディアにもスタッフにもあえて“売らない店”をアピール

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