全2217文字

 緊急事態宣言を受け、営業自粛を続けてきた首都圏のミニシアター。4月前半から休館に踏み切り、5月に至っては「営業日ゼロ」という劇場がほとんどだ。都内では、家賃や人件費だけで月に数百万円程かかる場合も多く、売り上げが絶たれるなかで固定費の負担が重くのしかかる。

ポレポレ東中野(東京・中野)と下北沢トリウッド(東京・世田谷)で支配人を務める大槻貴宏代表

 ポレポレ東中野(東京・中野)と下北沢トリウッド(東京・世田谷)で支配人を務める大槻貴宏代表は「まるまる2カ月売り上げがないのは厳しい。従来の水準までお客さんが戻ってくるかも分からない」と不安を口にする。困窮する劇場はグッズ販売のために即席のECサイトをこしらえるなど、手探りで生き残りを模索している。

 ミニシアターの運営は、構造的に大きな収益を望むことは難しい。これまでも、ニッチだが根強い需要に支えられ「小さな経済圏」が成立するサイズ感を保ちながら細く長く生き続けてきた。SNSの発達で情報が届きやすくなるなど、経営にとって喜ばしい要素はここ数年で増えていたところでもあった。

 ただ、初期投資の大きさに対して市場規模が小さく、新規参入のハードルが非常に高いため劇場の新設は進んでこなかった。また、既存の劇場は建物自体が古い場合も多く、一度閉館してしまうと復活させるためには現行の建築基準法へ適用させる大規模な改築が求められることもあるなど、安々と閉館させられない状況もある。ミニシアター文化の存続は、今ある劇場が生き残れれるかどうかにかかっているのだ。

 こうした窮状を受けてファンが動いた。前回「toeや東京事変も動いた 逆境ライブハウスに3万7000の支援」で見たように、4月にはミニシアター支援を目的とするクラウドファンディングが設立。全国のファンを中心に3万人以上の支援が集まるなど、コロナ禍でミニシアター存続を望む世の声の大きさも顕在化した。

 それでも大槻代表は「ミニシアターだから守られるべきだという甘えはない。経営が成り立ってこそ映画文化が成り立つ。需要が無くなったらきっぱりやめる」と覚悟する。

 1999年に下北沢に映画館を開設した大槻代表。バブル真っただ中に同級生が次々と大手企業に就職するなか「好きなことをして生きていきたい」と飛び込んだのが映画の世界だった。アメリカの大学で映画のプロデュースを学び、帰国後に講師に就いた映像専門学校で学生の作品に触れた。「無名でもこんなに面白い作品を作る人がいるなんて」。世の中に見せたいとの思いから、妻と二人で映画館をつくることを決意した。