ただし、民主党の中には穏健派とされる議員も少なからず存在し、一筋縄にはいかない可能性もある。民主党が議席数を減らした下院についても、同党の一部議員が法案に反対すれば、過半数に届かなくなる。

 他方、共和党が上院の多数派を維持する場合、上院の議事進行は共和党が握ることになり、仮に下院でバイデン氏の公約に沿った法案が可決しても、上院では取り上げられない可能性が高まる。バイデン氏の公約に沿った民主党主導の立法は困難となり、新規立法は超党派で合意可能な範囲にとどまる。

 実はこの2年間、上院では一部の共和党議員と民主党議員がエネルギー環境政策について、部分的な超党派合意を積み重ねてきた。具体的には、電気自動車・燃料電池車の充電・燃料インフラ整備やCO2の再利用といった環境関連投資を部分的に含む「インフラ法案」、省エネ・再エネの推進やエネルギー貯蔵・CCUSなどの研究開発などを進める「エネルギー法案」、フロン系の温室効果ガスである「HFC(ハイドロフルオロカーボン)のフェーズダウン法案」が取りまとめられてきた。これらの法案が新規立法の有力候補となるが、これらだけでは、規制強化と投資の両面で、バイデン氏の公約には遠く及ばない。

 なお、上院の選挙結果は閣僚人事にも大きな影響を及ぼす。大統領が任命した人物に対して、上院の過半数以上の賛成による承認が必要となるためである。仮に共和党が上院の多数派を維持すれば、バイデン氏が指名する閣僚候補が速やかには承認されない可能性があり、国務長官や環境保護庁(EPA)長官の承認が遅れれば、バイデン政権の気候変動対策の初動が遅れるおそれがある。

既存法の下での規制強化の可能性

 公約のうち、政府支出を伴うインフラ・クリーンエネルギー投資には新規立法が不可欠であるが、規制強化の一部については既存法の下で実施可能である。実はオバマ政権は主に2期目に、大気浄化法などの既存法の下で、火力発電所、自動車、油田・天然ガス田、HFCといった分野別の排出規制を次々と導入した。トランプ政権はこれらを1つずつ撤回し、より緩い規制に置き換えたが、バイデン政権は再度、オバマ政権と同様に規制を強化できる。特に新規立法による規制強化が困難な場合、バイデン政権はこの方法に頼ることになる。

 また、 既存の行政権限で進めやすい分野については、速やかに規制策定に着手すると見られる。バイデン氏は、石油ガスの生産に伴うメタン排出の制限、乗用車の電化を進めるための新たな燃費基準の策定、上場企業に対する気候リスク開示などに関して、就任当日に大統領令に署名すると公約しており、この大統領令に基づいて、関係省庁による検討が開始すると見込まれる。

 しかし、既存法の下での規制が公約通りの大胆な内容になるかは不透明である。オバマ政権は14年に既存法の下での規制や州政府の取り組み等を積み上げて、「25年に05年比で26~28%削減」との目標を掲げたが、このことは既存法の下での各種規制を積み上げても3割以上の削減に届かせることが難しいことを示している。当時と比べて、州政府の取り組みは一層進み、電力部門では排出削減が加速しているが、トランプ政権の4年間における政策の遅滞によってオバマ政権の25年目標は達成困難となっており、バイデン政権がパリ協定の下で掲げるであろう30年目標を、既存法の下での規制を積み上げて、野心的な数字とするのは相当に困難である。

 ただし、1つだけ例外がある。大気浄化法には115条という「国際的な大気汚染」を扱う条文があり、温室効果ガスをこの条文の下での規制対象とみなすことができれば、EPAは州政府とともに大胆かつ野心的な規制を実施できるようになる。例えば、国全体の削減目標を先に定めた上で、それに合致するようなトップダウン型の規制導入も視野に入る。

 ここで問題となるのが、連邦最高裁の判断である。オバマ政権が定めた規制がそうであったように、温室効果ガスの排出規制は確実に訴訟に持ち込まれる。選挙直前にエイミー・バレット氏が最高裁判事に任命されたことで、現在の最高裁は9人の判事のうちの6人が保守派となった。全体的な傾向として、保守派の判事は環境規制の強化に消極的あるいは否定的であり、バレット判事の就任で大胆な排出規制はこれまで以上に最高裁で認められにくくなったと考えられる。

 もちろん、裁判で問われるのは、政策のイデオロギーではなく、規制が法律に則っているかどうかである。保守派の判事が環境規制の強化に消極的になる理由の1つに、行政府が法律の条文を広く解釈して規制を定める点にあるが、条文から直接的に導かれるような形の規制であれば、保守化する最高裁にも認められる可能性があると指摘する米国の法律専門家もいる。

次ページ バイデン政権の2030年目標