ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が世界のエネルギー情勢にどのような影響を与えるか。国際的な石油・エネルギー情勢やエネルギー安全保障に詳しい日本エネルギー経済研究所専務理事の小山堅首席研究員に尋ねた。この取材は2022年3月8日午前に実施した。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻後の世界のエネルギー情勢をどう見ているか。

小山 堅(こやま けん)氏
小山 堅(こやま けん)氏
日本エネルギー経済研究所 専務理事 首席研究員 戦略研究ユニット担任

小山堅 日本エネルギー経済研究所専務理事(以下、小山):ロシア産の石油と天然ガスは、国際的なエネルギー市場において非常に重要な地位を占めている。特に近接する欧州にとってロシアは最も競争力のあるエネルギー供給国だ。21年に欧州による石油輸入量の27%程度、天然ガス輸入量の45%程度をロシア産に依存している。

 ロシアの軍事侵攻に対する欧米の厳しい経済制裁により、ロシアからの供給に支障が発生し供給量低下が進むとみている。3月6日には米国のブリンケン国務長官がロシア産原油の禁輸を検討しているとインタビューで述べ、同盟国とも協調すると話した(編集部注:バイデン米大統領は米国時間3月8日に原油と石油製品、液化天然ガス(LNG)などの輸入を全面的に禁止する大統領令に署名し、即日発効した。英国は同日、ロシアからの原油輸入を段階的に減らし、年内までに停止すると発表した)。

 これら欧米による制裁検討の報道を背景に、7日のロンドン市場では北海ブレント原油価格が一時1バレル139ドル台に急騰するなど、原油価格は08年のリーマンショック直前以来の最高値を付けている。欧州の天然ガス価格も、原油換算で既に300ドルを大きく上回る水準である。言うまでもなく、ロシア情勢は世界経済に非常に大きな影響を及ぼしている。

 ロシアからのエネルギー供給に大規模な途絶が起きれば、欧州を中心にエネルギー市場の不安定化が一気に進み、必要なところで必要なエネルギーを確保できない事態も起こり得る。

 ロシアを中心とした地政学リスクがエネルギー市場の安定を揺さぶり、世界経済を根底から揺るがす事態を目の当たりにして、エネルギー安定供給を図る徹底的な対策強化を急ぐ必要があるという認識が、世界で急速に高まった。

 短期的には、ロシアからの供給途絶を想定しながらもエネルギー価格の安定化を図るため、各国が原油備蓄を放出する他、サウジアラビアなど主に中東産油国による原油増産が重要な役割を果たすだろう。

 一方で、LNGや天然ガスは世界を見渡しても供給余力がさほどない。そのため、すぐに増産するといった手は打てない。不足しているところに迅速に供給を振り向ける柔軟な供給体制が重要になろう。例えば、米国産LNGを欧州に輸出する、アジアの主要な消費国である日本と韓国から欧州に緊急融通する――といった対策が短期では取られるだろう。

ロシア依存をどう下げる

中長期ではどうか。

小山:中長期では、欧州を中心にロシア依存をいかに引き下げるかが課題だ。国ごとにエネルギーミックス(編集部注:国内エネルギー需要を賄う燃料・電源の利用計画)を変える努力が進められる。

 具体的には、欧州では以前から進んでいた再生可能エネルギーの利用拡大がさらに加速するだろう。また国によって方針が異なるが、原子力発電のさらなる活用も、例えばフランスや東欧などで進むだろう。

 ただ、再エネや原子力の利用拡大は、石油や天然ガスの供給量不足を即効的に補えるものではない。やはり足元では石油や天然ガスの安定供給を図る必要がある。世界需要を賄える供給力の確保、また、供給源の分散化を進めるため、石油や天然ガス分野における上流部門などへの適切な投資も必要になる。

 世界の世論が気候変動対策一色で染まっていた21年前半までは、化石燃料への投資などもう不要ではないかという議論もあった。とはいえ、世界市場でも重要な役割を担ってきたロシアからのエネルギーが失われるかもしれない場面に直面した今、長い年月を要するだろう脱炭素までの「トランジション(移行)」をスムーズに、安定的に乗り切るためにも、やはり適切に化石燃料へも投資しようとする機運が高まるとみている。

■欧州連合(EU)天然ガス・石油の輸入国(2021年)
■欧州連合(EU)天然ガス・石油の輸入国(2021年)
出所:「LNG・ガス市場への影響」日本エネルギー経済研究所 橋本裕・研究主幹
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