日本銀行の決済機構局長として2020年まで30年にわたり金融政策を手掛け、現在は日本生命保険で審議役を務める木村武氏。21年7月、国連の「責任投資原則(PRI)」で戦略を練る理事の1人に選任された。PRIは、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)をはじめ世界のアセットオーナー、資産運用会社などが署名する。今後、PRIが主導するESG(環境・社会・ガバナンス)投資の方向性を聞いた。

社会にポジティブな影響を
PRIは投資判断にESGを織り込む「ESGインテグレーション」を推進してきた。今後、世界の投資をどう方向付ける考えか。
木村:ESGインテグレーションは責任投資の重要なパーツだが、ゴールではない。投資先企業の行動がSDGs(持続可能な開発目標)に貢献する方向に実際に向かっていなければ、責任投資の責任を果たしていることにならない。
PRIは、「インパクトインテグレーション」の採用を促していく。投資家が、投じた資金が企業のどういった設備投資に使われ、どのような行動変化につながるか、それによって生まれるポジティブな、またはネガティブなインパクトはどのようなものかを考慮して投資判断することだ。
気候変動対策を例に取れば、投資行動によって企業の二酸化炭素(CO2)排出削減というアウトカム(成果)を生み出すことを重視し、気温上昇を抑えるインパクトの具現化を目指す。これは回りまわって、投資家にとって収益機会やリスクにつながる。
例えばCO2排出量が多いことは社会にとってネガティブな状態だが、投資家が企業を誘導して排出削減につながれば、社会にポジティブなインパクトを与える。排出量の多い企業から投資引き揚げ(ダイベスト)をしても、他の投資家が投資して排出量が変わらない可能性もある。この場合の社会へのインパクトはゼロだ。
今後、投資家は、社会に対するポジティブなインパクトの形成にどう寄与するか、ポートフォリオ全体の運用のコア戦略を練ることがより重要になるだろう。
企業のESG課題は投資家にリスクと機会をもたらすが、その投資家の行動は企業行動に変化をもたらし、実社会のアウトカムを生む。そしてアウトカムは、ESGのリスク・機会として投資家のポートフォリオにフィードバックされる。こうした循環を考えると、投資家が長期で投資パフォーマンスを改善するには、ESGインテグレーションに加えてインパクトインテグレーションも採用する必要がある。受益者や顧客の長期的な利益の改善にもつながる。
署名機関による採用をどう促すか。
木村:PRIはインパクトインテグレーションを促進するための法的な環境整備を進めている。欧州連合(EU)やカナダ、日本、英国、オーストラリアの政策担当者との対話を進めている。
また、投資家同士で協働体制を構築することが、効果的なスチュワードシップ活動に重要となる。その一例が、世界の保険会社や年金基金などが参加する「ネットゼロ・アセットオーナー・アライアンス(NZAOA)」だ。日本生命保険も21年10月に加盟した。PRIはNZAOAに期待している。参加機関がインベストメントチェーンの上流に位置するため、その投資指針が下流の資産運用会社に波及し、企業へのエンゲージメントにつながるからだ。
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