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 東京大学はこれまで、約15年かけて大学発ベンチャーを支援するエコシステムを整えてきた。その結果、国内では他大学の追随を許さぬ、日本一の「起業家輩出校」となっている。バイオのユーグレナからITのグノシー、医薬のペプチドリームまで、幅広い業種で卒業生や在学生、教員たちが活躍している。米国に目を転じればフェイスブックやグーグルなど大学発ベンチャーが、今や米産業界の主役である。同じように東大発ベンチャーが日本経済のけん引役になる日は来るだろうか。コロナ危機で経済が大打撃を受けた今こそ、その真価が問われている。

 「戦後の混乱期に若い世代がソニーやホンダを起業し、復興に乗り出した時代と似ている。既存の大企業はしがらみが多く、新しい時代を切り開くのが得意ではない。『アフター・コロナ』の経済を立て直すのはベンチャー企業だ」

 そう語るのは東京大学教授の各務茂夫氏。東大で産学連携と起業家の支援を担う産学協創推進本部の副本部長を務めている。2004年の本部設立以来、起業家を輩出するための教育プログラムやインキュベーション施設、ベンチャーキャピタル(VC)などからなるエコシステム(生態系)を整えてきた。

東大教授の各務茂夫氏。東大を「起業家の輩出校」にした立役者だ

デキる東大生は官僚ではなく起業家に

 約15年間に及ぶ取り組みが功を奏し、現在、東大は国内で最も多くの大学発ベンチャーを生み出している。経済産業省が19年9~10月に実施した調査によると、日本には2566社の大学発ベンチャーが存在し、うち東大発ベンチャーは268社だ。次いで多い京都大発ベンチャー191社や、大阪大発ベンチャー141社を引き離す。東大は日本を代表する起業家の供給源の1つとなった。

 各務氏は「かつて東大といえば法学部を中心に中央官庁に官僚を、工学部を中心に大企業に技術者を供給することで、戦後日本の経済成長を支えてきた。だが最近では新入生にアンケートをすると、1割程度が起業家を志向している。東大の役割は変わってきた」と話す。

 バブル経済が崩壊した1990年代以降、日本経済は以前のような勢いでは成長しなくなった。経済を再活性化するには、官庁や大企業に卒業生を送り出してきた東大も既存の枠組みに収まらない人材を輩出することが求められるようになった。それが新規ビジネスの創出に挑む若き起業家たちであり、コロナ危機で大きく落ち込んだ日本経済の成長エンジンとしても期待がかかる。

キャンパスから巣立った「世界を救う男」

 東大が整備したエコシステムから多大な恩恵を受けた起業家の1人が、ミドリムシを原料とする食品や繊維、燃料などの開発を手掛けるユーグレナ社長の出雲充氏だ。ミドリムシの屋外大量培養技術を基に、健康食品を製造するほか、航空機向けのバイオ燃料を開発してきた。環境などへの対応を重視する「ESG(環境、社会、企業統治)」の流れもあり、その将来性に期待が高まっている。

 起業のきっかけは、出雲氏が東大1年生の夏、グラミン銀行のインターンとして訪れたバングラデシュで現地の食糧事情の悪さに衝撃を受けたこと。都市部を一歩離れると水田が広がっており、滞在中はカレーライスが毎日出された。現地の子どもたちもよく、コメを口にしていた。しかしその多くが栄養バランスが悪く栄養不足に苦しんでいた。

 帰国して解決策を探っていたある日、後輩が動物性と植物性の栄養素を兼ね備えたミドリムシの存在を教えてくれた。出雲氏は衝撃を受けた。「これだ。これが世界の食糧問題を解決してくれる」。すぐに東大農学部でミドリムシを大量に培養する技術の研究に乗り出した。

ユーグレナの出雲充社長。東大のインキュベーション施設で孵化(ふか)し、大きく羽ばたいた(写真:The New York Times/アフロ)