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(写真:MASATO TSUBAKI/SEBUN PHOTO/amanaimages)

 新型コロナウイルスの感染拡大で、学校の始業や入学時期を9月にずらす「9月入学」案が浮上し、その賛否を巡って議論が巻き起こっています。日本経済新聞が都道府県知事に回答を求めたところ、約6割が賛意を示すなど肯定的な見方も広がっています(5月13日付朝刊)。

 緊急事態宣言の発令という想定外の事態によって、日本各地の学校で今春の授業開始が遅れました。その対応として出てきた案ですが、実は2011年に、新学期の始まりを秋に動かそうと真剣に検討した学校があります。それは東京大学です。当時の濱田純一総長が秋入学構想をぶち上げた背景にあったのは、グローバル化への対応でした。

 欧米の主要大学が新学期を迎えるのは9月、アジアで進境著しい中国も大学の新学期は秋です。一方の日本は4月。海外に留学しようとすると、そのずれがハードルになります。逆に海外から留学生を受け入れる場合も壁になります。海外の著名大学と提携する上でも秋入学にそろえることが必要との考えがありました。

 最終的には13年1月、濱田総長が記者懇談会の席上で「全面秋入学移行は困難」と発言し、東大の構想は見送りとなりました。その理由として「医師や司法などの国家試験のスケジュール調整が難しいこと」「高校卒業から入学までの半年間(東大はこれを『ギャップターム』と呼びました)に、子どもが勉強しなくなるのではないか」といった不安が払しょくできない点などを挙げていました。一方で、教員の反対や、他に秋入学構想に追随する大学が出なかったことが関係しているとの指摘もありました。それから10年近くが経過し、図らずも新型コロナによって、消えたはずの議論が脚光を浴びています。

 今回の議論が最終的にどう着地するのか、現時点ではわかりません。ただ、9月入学問題の議論が浮上したことで、世界の中で日本の大学の立ち位置を考えるきっかけが再び訪れました。

東大の世界ランク36位をどう考えるか

 世界で大混乱をもたらしている新型コロナのパンデミックは、既存の枠組みを変えるインパクトがあります。米国では4月の失業率が14.7%と戦後最悪となり、大恐慌以来の水準になっています。まさに100年に一度の事態です。各国ではそこから脱する模索が続いています。社会のあり方が変容し、新しい形を見いだそうとする中、今後重みを増すものの一つとして、「知」の最先端を担う大学を挙げることができるでしょう。

 それは医療分野だけではありません。ビジネスの世界でもコロナ後の世界を見据え、新技術や新事業の種を発見したり、育成したりする上で、大学が持つ英知が問われるでしょう。

 もっとも、ここしばらくの間、日本の大学を巡る議論では厳しい内容のものが少なくありませんでした。予算が減少し、研究者が劣悪な環境に置かれている、日本の論文引用数が他国に比べ伸びない、優秀な留学生が集まらない……。中国などアジア勢の台頭や、資金や留学生の吸引力に秀でる欧米の大学と比較しながら危機が指摘されることが目立ちました。

 実際のところ、日本の大学はどうなのか。その代表として東大を見てみましょう。