国内農機最大手のクボタがスマート農業に力を入れている。気象情報や農作業の記録、作物の収量や品質といったあらゆるデータを集めるプラットフォームを構築。自動運転させる農機もデータ端末としてシステムに組み込む。農業版CASEともいえる取り組みだ。売上高2兆円を射程に入れたガリバー企業が切り開こうとしている農業の未来を計5回の連載で明らかにする。
利根川に臨む田んぼは一面、黄金色に染まり、白い軽トラックが入れ代わり立ち代わり、乾燥が済んだコメを運び出していく。慌ただしくも心沸き立つ風景の中で、オレンジ色の真新しいコンバインがひときわ目を引く。大きな音を立てながら巨大な装置が田んぼの中を走り、外周から内側へと稲穂を刈り取っていく。
千葉県北部の神崎町にある農事組合法人「神崎東部」を訪れたのは9月初め。約90ヘクタールの敷地で、コメのほか小麦や大豆も生産する。事務所では、代表理事の大原弘宣氏がパソコンに向かっていた。画面に映っていたのは神崎東部が管理する田んぼや畑の地図だ。
実はこのパソコンとコンバインはつながっている。コンバインには収穫量を計測するセンサーと、水分やタンパク質の含有量から食味を測るセンサーが搭載されている。「きょう取れたコメもうまそうだな」――。事務所に居ながらにして、大原氏には収穫したコメの量だけでなく味まで手に取るように分かる。

早くから農業のスマート化に関心を持っていた神崎東部だが、2019年からは農林水産省の支援を受けて、体系的なスマート農業の確立に向けた実証実験を進めている。稲作に費やした総作業時間が19年に前年比7%減るなどの成果を生んできた。機械や設備の一切を農機大手のクボタが提供している。
農業を「見える化」
大原氏の頼もしい右腕となっているのが、クボタのスマート農業の根幹をなす営農支援システム「KSAS(クボタスマートアグリシステム)」だ。
その狙いを一言で表すなら、農業の「見える化」。どういった品種を育てているのか、農場はどんな形状でどれだけの面積があるのか、どんな肥料や農薬を使っているのか――。こうした基本的な情報に、作業者がスマートフォンの専用アプリから入力した日々の活動記録や、センサーを積んだ農機から送られてくる作物の情報などを組み合わせて、データに基づく農業経営を可能にする。
14年にサービス提供を始めて以来、大規模な農家や農業法人を中心に広まってきたKSAS。利用会員の数は現在1万5000件を超え、農業現場の景色を大きく変えつつある。農場の位置を把握するのに使っていた大きな紙の地図はグーグルマップに取って代わり、うっかり他人の敷地で農作業をしてしまうようなミスもなくなった。
「以前はそれぞれの作業員の頭の中にあった」(大原氏)という毎日の作業記録も、簡単なスマホ操作で入力して共有されるようになり、全体の進捗管理が容易になった。田植えから収穫までの間の肥料・農薬散布といった農作業の記録と、収穫したコメの量や品質とを見比べて、翌年の栽培計画を立てられるようにもなった。
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