ファナックの業績が急回復している。2021年3月期の連結純利益は前の期比28%増の940億円と、3期ぶりに増益に転じた。山口賢治社長兼最高経営責任者(CEO)が次の成長への土台づくりと見据えるのが、現実を仮想世界に再現する「デジタルツイン(電子の双子)」を使った顧客の設計開発支援だ。バーチャル工場時代への布石となるか。

ファナックは仮想空間技術の導入によって顧客の製品開発に対するサポート力を高める

 「自動車、半導体、建設機械、タブレット端末──。ロボットがたくさん欲しい、と様々な製造分野から強い引き合いがある」。ファナックが27日に開いた電話会議での投資家向け決算説明会。山口賢治CEOは需要回復が予想以上としたうえで、部品を切らさないよう調達に力を入れていると明かした。

 新型コロナウイルスがいまだ世界で猛威を振るう中での急回復のため、緩和マネーを背景とした仮需も含まれる。ただ、けん引役の中国向けは「悪くなる兆候はまだなく、ピークはしばらく続く」と見立て、22年3月期は純利益で前期比28%増の1205億円を見込む。中国での産業用ロボットの生産工場増設、工場で人と一緒に働く小型の「協働ロボット」の生産能力を今期中に昨年の3倍まで増強する、など先を見据えた投資にも打って出ると表明した。

 そして将来への布石としてファナックは目下、「デジタルの力を使った差異化を重要視している」(山口CEO)という。そのひとつが現実世界を仮想空間に再現する「デジタルツイン」によるシミュレーション機能の充実だ。

 製品を設計開発する際、試作を繰り返せばそれだけ時間や費用がかかる。バーチャルリアリティー技術やデータ解析技術は進化した。これによって実機を作らずともソフトウエアを導入することで、今や3次元のデジタル世界に仮想現実を本物さながらに再現できる。

 ファナックが世界首位のコンピューター数値制御(CNC)装置では、顧客の工作機械メーカーがパソコン画面上で製品を開発できる機能の充実を求めるようになった。CNC装置を組み込んだ工作機械と同じ働きをする仮想の機械を仮想空間に設ける。顧客は3次元の仮想の機械で模擬実験をし、工作機械が複雑な形の部品を短い時間で精密に加工できるのかを調べられる。

 工作機械の開発期間を大幅に短縮し、コストも下がる。野田浩FA事業本部長は「顧客が実機では壊してはいけないとためらうきわどい動きでもバーチャル空間なら思う存分に挑戦し、効率よく多くのデータを得られる」とデジタルツイン導入の効能を力説する。将来的に、仮想の機械で事前に作業してうまくいくのを確認し、その条件を実機に転送して加工を始める、という使い方を目指す。

BMWのバーチャル工場では作業員の動きを模したデジタルヒューマンが動き、生産ラインの流れを検証できる

世界の度肝を抜いたBMW

 コロナ禍でデジタル技術を採り入れる動きが加速し、デジタルツインは世界の製造業で急速に浸透している。「我々は未来の工場を創造している」。4月中旬、ドイツのBMWは米半導体大手エヌビディアと自動車工場丸ごとをバーチャル空間に出現させた動画を公開し、世界の度肝を抜いた。生産車種の切り替えに応じて、従業員の動きを取り込んだ「デジタルヒューマン」や作業ロボットの配置、資材の流れなどをシミュレーションできる。この機能は世界約30カ所のBMW車の製造工場に導入が可能という。

 こうした工場の新潮流を狙うのはファナックだけではない。制御装置で競合するドイツのシーメンスはソフトウエア会社を傘下に持ち、顧客が仮想環境で設計開発や検証する作業を支援している。シーメンスは次世代通信やデジタル技術によるドイツの生産改革「インダストリー4.0」を主導するIoTの巨人。だがファナックの野田氏は一歩も引くつもりはない。

 ファナックはCNC、モーターの組み合わせによって工作機械を精緻に制御する「リアルの技術力」を強みとする。バーチャル世界でいくら細かく分析できたとしても、現実世界とデータをうまくやり取りし、機械が加工できる制御の仕方を導き出せなければ意味がない。これまでに蓄積した機械を操る知見やノウハウは色あせず、むしろ仮想世界の技術を生かす土壌となる。「やがて来るバーチャル工場時代に期待し、デジタルとリアルを融合する技術を磨き続ける」(野田氏)。コロナ危機の先にある大転換期で勝ち残るには何が必要か。ファナックの焦点は定まっている。

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