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 前回、「『工場は止めても、採用は止めない』 ダイヤ精機・諏訪社長の自信」で見たのは、新型コロナウイルスの感染拡大による厳しい状況に直面しても、生き残ろうと前を向く町工場のたくましさだ。日本の製造業の土台は、そうした姿勢を持つ企業や経営者が支えているのかもしれない。

 苦境にあえぐ中小零細企業を持ち株会社化して再生する──。特異なスタイルで存在感を強めるのが、由紀ホールディングス(HD、東京・中央)だ。2017年の設立以降、航空や宇宙、自動車、医療などの分野で13社の町工場を傘下に収め、町工場界の「LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン」とも称される。

 指揮を執るのは人柄の穏やかな大坪正人社長。自身も金属精密加工を得意とする従業員42人の由紀精密(神奈川県茅ケ崎市)社長としての顔を持つ。同社の強みは航空・宇宙分野。生産する部品は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の無人補給船「こうのとり」や、宇宙スタートアップの人工衛星などにも使われ、さながら「下町ロケット」だ。

由紀精密と由紀HDを率いる大坪正人社長

 1950年に大坪社長の祖父が創業した由紀精密は、現在の形にたどり着くまで幾度となく事業転換を迫られてきた。90年代までは公衆電話のカードリーダー部品が主力製品だったが、公衆電話そのものの需要が次第に減少。そこから光ファイバーのコネクターにスイッチしたものの、ITバブルの崩壊で売り上げが再び激減した。大学卒業後、ベンチャー企業に就職していた大坪社長が家業に戻ってきたのは2006年。「電機一本足ではまずい」という危機感から、目を付けたのが航空分野だった。

 全く無縁の領域だったが、いきなり展示会に参加。はじめは「全然見向きもされなかった」が、地道に営業を積み重ね、少しずつ自社技術の理解を広げた。軌道に乗るまで5年ほどかかったが粘り強く市場を開拓し、製品の主軸をシフトさせることに成功。次第に高い技術力が認められ、宇宙や医療分野などにも受注は広がり、売上高は10年で約4倍に成長した。