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 製造業のメッカ、東京・大田区。新型コロナウイルスの影響は、多くの町工場を抱えるこの街にも容赦なく襲い掛かかっている。「これからどれくらい落ちるのか分からない。状況によっては、最悪、休業して工場を止めることも考えなければいけない」──。部品加工を請け負うある町工場の社長は不安げに話す。

 大田区は4月15日から、中小企業向けに利子を負担する融資あっせん制度の限度額を500万円から5000万円に引き上げた。窓口には申請のために人が殺到。整理券を求めて朝から長蛇の列ができ、手続き業務がパンク状態に陥るほどだった。

 元請けとなる大手自動車メーカーや航空機メーカーは、相次いで工場の操業一時停止や減産拡大を発表している。生産回復への出口が見えない中、ものづくりをボトムから支える町工場の状況は日に日に厳しさを増している。ただ、そんな中でも前を向いている人物がいる。金属精密加工を手掛けるダイヤ精機の諏訪貴子社長。「何とかなると思っている。もし、うちで駄目なら、他社はみんな死ぬ。それくらい真面目に取り組んできた自信があるから」──。

本社工場近くの大田区千鳥には多くの町工場がある

 ダイヤ精機の本社工場がある東急電鉄「武蔵新田」駅の周辺。4月中旬、町工場が入り交じる住宅街を歩くと、人通りもまばらで静かな通りの各所から機械を動かす金属音が聞こえてきた。「今のところ受注が残っているから、おかげさまで工場は忙しい。新型コロナで暇になったのは社長の私だけ」と諏訪社長は笑う。

ダイヤ精機の諏訪貴子社長

 1964年に先代の故・諏訪保雄氏が創業したダイヤ精機は、過去に幾度となく苦境を乗り越えてきた。オイルショックや、バブル崩壊後の国内不振と円高。リーマン・ショック時には売上高が9割減少し、あと2カ月持たないという瀕死(ひんし)の状態に追い込まれた。2004年、父親の急逝をきっかけに会社を引き継いだ諏訪社長は、再生と経営改革のために奔走した本人だ。