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 「少なくとも我が家にとっては、今が買い時ではない」。神奈川県に住む大手電機メーカーの社員、田中弘道さん(仮名、45)は4月、マンション購入の決断を‟無期限延長”とした。新型コロナウイルス感染拡大の折、昨秋から家族で2週間ごとに行っていた分譲マンションの内覧会も、年明け以降すべて取りやめた。

 もともと、会社まで片道1時間近くかかる「痛勤」に嫌気がさしていたことが、新居探しのきっかけだった。だが結果として今の仕事は原則在宅勤務、さほどの不都合は感じない。いつまでこの状況が続くかは全く見通せないものの、少なくとも今のタイミングでマンションを買い急ぐ必要はないと考えた。

(写真:共同通信)

 そして何よりの不安が、今後の「給料激減の可能性」だ。特に夏冬のボーナスに頼った住宅ローンの返済計画の設計は危険だと考え、尻込みした。「間違いなく『給料氷河期時代』がやって来る。我々世代は、いつになったら報われることやら……」。田中さんのため息は止まらない。

 消費低迷への不安に雇用不安、業績低迷への不安に、経済の回復度合いが決して「Ⅴ字」にはならない不安……。コロナが全世界にもたらした不安要素は、数えあげればキリがない。2012年の第2次安倍晋三政権の誕生以降、苦節がありながらも経済の好循環が描けるかもしれないという期待感は、ここに来て一気にしぼんだ。そして田中さんが話してくれた「給与減への恐怖感」と「報われていない感」。この2つはこの20年、景気回復がさほど進まず、デフレ脱却への道のりがずいぶんと遠い日本や日本企業の姿に由来する部分が大きい。

「夢のない賃金カーブ」にも襲いかかるコロナ

 まずは「報われていない感」。下のグラフは、厚生労働省の賃金構造基本統計調査を基に1999年と2019年の賃金カーブ(基本給とボーナスを合算した年収ベース、1000人以上規模の企業のケースを抽出)を比べたものだ。

 それぞれの年だけを見れば、20代で会社に入り30年以上勤務すれば、入社当時よりも年収はいったんは2倍近くにはなる。賃金カーブ上、1999年時点では25歳で「430万円」ほどだった年収が、30年後には「850万円になる」と描け、2019年時点でも25歳で「450万円」ほどの年収が50代で「756万円」になる。少なくとも統計データはそう示す。

 ところが、改革の善しあしは別にして、10年以上経過すれば給与制度も変わるもの。社内の高齢化や人口ピラミッドに対応するため、長く働ける環境を整えるため、それこそ人件費を直接的に抑えて会社として生き残るためと理由・背景は様々だが、多く企業は労使交渉を通じて賃金カーブをできるだけ緩やかにする方策をとってきた。このため、受け取る年収は45~49歳のケースで「99年比114万円減」、終身雇用・年功序列型で年収がピークを迎える50~54歳でも「100万円近く」減っていることが分かる。「夢のない賃金カーブになった」と捉える働き盛りの働き手は多い。「入社時の上司が今の私よりも100万円近くも多く年収をもらっていたとすると、何と言って良いものか……」。前出の田中さんは特定の上司を名指ししたり、ことさらに批判したりすることこそ避けるが、どこかやり切れない表情を浮かべる。