新型コロナウイルスの感染拡大が、家族の在り方にどのような影響を与えているのか。在宅勤務や学校の一斉休校など、生活が一変したという家庭も多いだろう。著書『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で2019年度サントリー学芸賞を受賞した東京大学の山口慎太郎教授に、コロナ禍が家族の幸せにどのような影響を与えるのか、話を聞いた。

新型コロナウイルスの感染拡大が、家族のあり方にどのような影響を与えているのかについてお伺いしたいと思います。著書『「家族の幸せ」の経済学』では、データを基に結婚や子育てといった様々な問題について分析しています。コロナではまだデータはあまりそろってはいないと思いますが、現時点で何か言えることはありますでしょうか。

東京大学経済学部・政策評価研究教育センター教授。1999年慶応義塾大学商学部卒業、2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士(Ph.D)。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授を経て、2017年東京大学経済学部・政策評価研究教育センター准教授、2019年から現職。『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で2019年度サントリー学芸賞受賞。
山口慎太郎・東京大学経済学部・政策評価研究教育センター教授(以下、山口氏):確かに、現在の状況に対するエビデンスはまだ乏しいのですが、これから何が起きるのかを考える上で役に立つエビデンスはあるので、それに基づいてお話ししたいと思います。
「家族の在り方」という観点では、コロナ後の影響まで長期的に考えると、やはりテレワークの広がり方は非常に大きな影響を持つのではないかと思います。パーソル総合研究所のデータによると、4月上旬時点でテレワークの実施比率が全国で約28%、東京都で約49%です。社員の半数以上が「続けたい」と答えていて、その比率は20~30代では6割超になっています。経営者からも、メディアのインタビューなどからテレワーク継続について前向きの声が聞こえてきます。
そういう働き方が、家族にどんな影響を与えるかというと、ワーク・ライフ・バランスの改善に大きくつながるだろうと考えられます。
2つ、面白い研究があります。1つ目の研究として、米国のある大企業(フォーチュン500企業)のIT部門で行われた実験があります。チームごとに働き方改革をするかどうか決めたのですが、テレワークを実施したチームは労働時間や働く場所は管理されなくなり、働き方に裁量が持てるようになりました。従業員が家族と過ごす時間が増えて、家族の世話が仕事に影響を及ぼすことも減ったし、仕事を悪い意味で家に持ち帰ってちゃんと子育てができないといったことも減ったというものです。そうした変化が起きることで、働く親、特に働く女性が活躍する上でいい変化になるのではないでしょうか。
もう1つが、男性でも在宅勤務によって家にいる時間が長くなると、家事や育児を全くしないということは少なくなり、長期的なライフスタイルの変化につながることを示唆する研究です。カナダの研究では、男性が6週間育児休暇を取った場合、3年後の調査で男性の家事・育児時間が2割ほど増えていました。育休期間が終わってからも男性が家事や育児に時間を割くようになったことが分かっています。
短期間の変化でも、それをきっかけに長期的なライフスタイルが変化することは珍しいことではありません。調べてみると、スペインでも似たような研究がありました。
コロナ期間の変化はみんなにとってストレスフルですが、コロナが収束し経済も動き出しワクチンもできた頃には、よりファミリーフレンドリーな社会を迎えられるということが、これらの研究からは推測できるわけです。そういう意味で、将来は明るいかなと考えています。
確かに、緊急事態宣言下の在宅はストレスフルでした。在宅勤務に加えて、学校が休校になって子どもの面倒を見ながら仕事をしなければならず、週末も外出できず気分転換ができない。ただ、学校も徐々に始まり、外出もできるようになって、在宅勤務のストレスも徐々に減ってきていると思います。私自身、家族といる時間が大幅に増えたことはとてもよかったと思っています。
山口氏:そうなんです。経済学の研究でも、誰と過ごしたかは幸福度の変化に影響を及ぼすことが分かっていて、特に家族と過ごす時間と自分が感じる幸福度はわりと強い関係があるといわれています。
もちろん、悪い方に転がることもあります。ドメスティックバイオレンス(DV)の報告事例が多いのはその1つで、金銭的にも社会的にもストレスがかかっている状態での在宅勤務はよくない側面もあります。しかし、平時に家族と一緒にいる時間が長くなるような働き方は、みんなの幸福度にいい影響があるので、学校も外出も平常通りに戻ってくれば、在宅勤務のいい側面はもっと表に出てくると思います。
コロナが収束したから在宅勤務をやめて以前の働き方に戻そうという動きも出てくると思います。「家族の幸せ」という観点で見ると、在宅勤務で変わったライフスタイルは維持していった方がいいということですか。
山口氏:そうです。いくつか在宅勤務に関する研究はあるのですが、それによると在宅勤務をしてもそれほど生産性は下がりません。コロナの状況が特殊なのです。“リモートワーク without キッズ”ならうまくいくのだけど、“with キッズ”だとやはり大変で、人によっては生産性が下がったり、うまくいっていないと感じたりするでしょう。ただ、学校が始まって平日、週に何日かは在宅勤務ができるというのなら、生産性にプラスの影響があります。
子どもがいる人にとっては、在宅勤務ができるようになることでワーク・ライフ・バランスをよりうまく取れるようになるし、生産性もあまり下がらない。一方で、よく心配されるのは、同僚にしわ寄せがいくのではないか、ということですが、これについても研究によるとしわ寄せはいきません。在宅を始めた1週目はあまりうまくいかなくても、2週目以降は慣れてきて、同僚にしわ寄せがいくことはなくなるようです。
在宅勤務が合う合わないというのは人によって違います。重要なのは、在宅勤務への適性を知る本人の意見を尊重することです。また、在宅勤務を望んだ場合でも、毎日在宅勤務をする、というのではなく、週に数日、在宅勤務をする働き方を多くの人は望んでいるのではないでしょうか。リモートワークで生産性は上がったけれども、リモートワークを続けますか、と従業員に聞いたところ、時々はオフィスに出たいという意見が多かったという面白い研究が中国にあります。選択肢として、働き方の半分から3分の1は在宅勤務を可能にするということは、コロナ禍を経験した組織においては、もはやとっぴな話ではないと思います。
例えば、「最大で週3日まで」といった話であれば、生産性も落ちないし、一方で幸福度という点ではものすごく効果があると思います。そうなれば、今まで以上にいい社会になると思います。
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