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新型コロナウイルスの感染拡大が生活や経済活動に大きな影響をもたらしている。国を超えた往来が盛んになり、世界にまたがるサプライチェーン(供給網)が形成された現代社会の脆弱さが露呈した。人間の進化と適応について研究する人類学者の長谷川眞理子氏に、今後の社会の変化を聞いた。

長谷川眞理子(はせがわ・まりこ)氏
総合研究大学院大学学長。理学博士。1952年東京生まれ。76年東京大学理学部卒、80~82年タンザニア野生動物局勤務、83年東京大学大学院理学系研究科人類学専攻博士課程修了。米エール大学人類学部客員准教授や早稲田大学政経学部教授などを歴任、2006年に総合研究大学院大学先導科学研究科教授。理事・副学長などを経て、17年から現職。専門は行動生態学、自然人類学。近年は人間の進化と適応の研究に取り組む。

人類学者として、新型コロナウイルスの感染拡大による危機をどう受け止めていますか。

長谷川眞理子・総合研究大学院大学学長(以下、長谷川氏):歴史の中で、感染症によって社会が打撃を受けたことは何度もあります。14世紀の中世ヨーロッパで広がったペストもありますし、(紀元前の)エジプト文明では天然痘が流行したともいわれています。

 ただ、今回は大きな違いがあります。地球上に80億人近い人がいて、そのほとんどが都市部で密集して暮らしている。移動しようと思えば、誰もが飛行機や自動車を使ってどこにでも行けます。また、グローバル化によって工場が世界中にあり、経済活動が入り組んだ構造になっています。そうした状況で世界的に広がった感染症というのは、人類史上、初めてのことなんです。

日本でも都市部の脆弱さがあらわになりました。

長谷川氏:1918年にスペイン風邪のパンデミック(世界的大流行)がありました。当時の世界の人口は今の4分の1ほどです。海をまたぐ長距離の移動は船で、今のように高層ビルや巨大な競技場はなかった。誰もが映画館に行ける現在とは違い、演劇を鑑賞しに行くのは一部のお金持ちに限られました。

 これほど人が密集する都市はなかったんです。スペイン風邪は2年ほどかかって感染が広がりましたが、新型コロナウイルスは1~2カ月で世界の国々に拡大しました。

現代の都市部での生活というのは、人間にとってふさわしい生活なのか考えさせられます。

長谷川氏:人類の進化の歴史からみると、今の私たちの生活が当たり前でないことは確かです。むしろ異常とも言えます。

 2本足で歩くホモ属(ヒト属)が出てきたのが200万年前で、ホモ・サピエンスが出てきたのが30万年前。この長い間、人類はずっと狩猟採集の生活をしてきました。獣が捕れなくなればまた次の土地に移動するキャンプ生活です。1カ所に集まる人数なんてせいぜい10人とか20人。キャンプで火の周りに集まってお肉を焼いて食べるけど、そこでずっと暮らすわけではない。1万年前になると、農耕や牧畜をするようになって定住生活が始まり、5000~6000年前になると都市文明が生まれました。そして200年ほど前に進行したのが産業革命です。

 つまり、都市化や産業革命というのは長い歴史の最後の瞬間に出てきたものです。私たちが今過ごしているような生活というのは、人類の進化の歴史でいうと最後の0.00何%でしかないんです。

なるほど。

長谷川氏:もっといろんなところへ行きたいと思って飛行機や電車や自動車を作り、いろんなものをたくさん食べたいと思って農業革命が起こり、お店もたくさんできた。その積み重ねの先に現在の生活があったのであって、誰かがこういう暮らしが良いと設定して作り上げてきたわけではありません。