全2448文字

東日本大震災から10年を待たずに我々の社会を襲った新型コロナウイルス。震災復興にも多く携わった東京大学の御厨貴・先端科学技術研究センターフェローは、新型コロナに覆われた社会を「嫌なものと共生していかなくてはならない社会」と定義する。そんな社会に耐え得るには「現在の政権のままでは持たない」とバッサリ切り捨てる。御厨氏がコロナ禍をどう見ているかを聞いた。

今の時代をどうご覧になっていますか。

御厨貴(みくりや・たかし)
1951年東京生まれ。88年10月東京都立大学法学部教授。99年4月政策研究大学院大学教授。2002年12月東京大学先端科学技術研究センター教授。20年 4月東京大学先端科学技術研究センターフェロー。東日本大震災復興構想会議議長代理を務めた。

御厨貴・東京大学先端科学技術研究センターフェロー(以下、御厨氏):東日本大震災のような自然災害は、人と人とを切り離すことがなかった。県や国を越えたボランティアのような存在もあった。その点でコロナウイルスは違う。一緒にいては感染する。数カ月で世界中、日本中を席巻した。人が結んで絆をつくるのを遮断する。これまでとは違う状況だ。

 コロナ災害は災後が全然見えてこない。終焉(しゅうえん)がない。いろんな薬ができたら勢いがなくなるのかもしれないが、完全に無くなるかどうかは疑わしい。言い方は変だが、新しいものとの共生を考えないと、人は誰でもいつ感染するか分からない。一定数は感染して死んでいくうえで、社会生活を営むということではないか。

東日本大震災のときのような「災後」はそうすぐに来ないと。

御厨氏:「災後」のモデルは、東北のような人口が減る地域で右肩上がりの成長によらないモデルを構築しようとしたもの。コロナでは「災中」が続く。非常に嫌ではあるが、災害が続いていく中で折り合いをつける、共生しないといけない社会になる。災後モデルでは限界集落で切り捨てられる地域、人口減少でうち捨てられる土地が出てくるのもやむなしだった。しかし、コロナは今いる場所に閉じこもらざるを得ない。どこにもここにも人がいる。これを考える必要が出てくる。

 コロナと共生するとなれば、今いる土地を捨ててはいけない。ここで生きてくれとなる。日本列島はこれまで同意して人が動き回る社会だった。しかし、5月の連休もそうだったが、県域を侵してやって来るなとなる。高速道路や新幹線の発展で実質化することがなかった県境が、ある日突然復活する。ある意味では幕藩体制であり、海外に対しては鎖国だ。人心は荒廃し、言い合いになってトゲトゲしくなる。豊かな気持ちになって生きていける社会ではなくなっている。

 救いは、SNSや電子機器を使えば、遠い所とも対面の交流ができることだ。これがなければどうなっていることか。コロナが続いていく間にバーチャルな情報交換、安全確認が一挙に広がるが、飲み屋や外食産業は停止し、前のように酒を酌み交わすことがコミュニケーションの中心に戻ることはない。60代以上の人間はある程度戻るかもしれないが、若い連中は「オンラインでいい」と戻らないだろう。コロナが人を切り離す、人が動くことをやめる次の世界だ。