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世界中に拡大する新型コロナウイルスの脅威に対し、各国政府は自国民を守ろうと国境を閉ざしている。国際的なリーダーシップを取ろうという国は出てこず、米中の分断は深刻化して国際的な協調が失われようとしているなか、コロナ後の国際社会・経済はどのような姿を描くのか。国際政治学者の中西寛・京都大学大学院教授に聞いた。

中西寛(なかにし・ひろし)氏
京都大学大学院法学研究科教授。専門は20世紀の国際関係史など国際政治学、安全保障論。主な著書に『日本政治史の中のリーダーたち 明治維新から敗戦後の秩序変容まで』(伊藤之雄との共編著)、『高坂正堯と戦後日本』(五百旗頭真との共編著)など

新型コロナウイルスの脅威にさらされる国際社会・経済の状況をどう捉えていますか。

中西寛氏:歴史的に一番近いのは、1929年の金融市場の破綻からくる世界恐慌でしょう。第1次世界大戦の後、国際連盟が誕生。当時、米国とソ連は参加していませんでしたが、協調して世界を運営していこうという機運がある程度、回復していました。しかし、日本の満州問題を含めて地域的な紛争が原因で共同歩調は生まれず、各国は自国優先政策に傾きました。

 一番決定的だったのは、33年夏のロンドン経済会議です。英国が米国を巻き込んで国際協調を進めようという趣旨で開催しましたが、米フランクリン・ルーズベルト政権はそれを断り、国内経済を優先してニューディール政策を推進しました。

 新型コロナで社会的・経済的なリスクが高まり、国際社会における協調の枠組みが失われつつあるという点で、世界恐慌当時と現在は類似しています。

 各国は経済的なダメージに対し、財政拡大で急場をしのいでいますが、感染状況が深刻になればなるほど国民や企業を生き延びさせるライフラインを政府が提供することの限界が近づいていきます。そのとき、各国が自国中心の「近隣窮乏化策」を採れば、いよいよ1930年代のように「ブロック経済」「保護主義化」という段階に入っていく危険性があります。

「コロナ・ショック」は命に関わる問題で、各国政府は自国民を優先せざるを得ません。「ブロック化」へ進む力は従来の経済危機に比べて強いのでしょうか。

中西氏:人命の緊急性が高く、国境の検疫や封鎖が感染症対策として手っ取り早いのも事実ですが、パンデミックへの唯一の解が、自国優先とは思いません。いささか理想主義的かもしれませんが、ウイルスに国境はなく、世界的に広がっているわけですから、各国が協力して知見を共有し、立ち向かうほうが正解と言えるでしょう。

 もし今回のパンデミックが2008年に起きたなら、各国の対応は違っていたのではないでしょうか。リーマン・ショックが起きたとき、当時の米ブッシュ政権が主導してG20が発足し、国際的な協調により大不況を回避しようと働きかけました。中国も大規模な財政出動で世界の経済を支えました。

 しかし、2010年代以降、米国から国際協調を主導しようという強い意識が失われ、強国を目指す中国との対立が深まりました。そして、リーダーになり得る米国と中国という2大国が新型コロナ対策で率先して自国優先で動いたため、ほかの国もそれにならって国内優先で動く選択肢を選んでしまった。

 こうした国際協調が見られない状況で一番割を食っているのは、国際機関ですね。本来は未曽有の感染症と戦うためにWHO(世界保健機関)に資金が集まり、各国政府をバックアップして評判を高めるはずだろうに、事務総長は中国寄りだと批判されている。

 実際、ある程度は中国寄りなんでしょうね。各国がWHOに協力しようという意思が少なく、そしてWHOにできることが限られていることが露呈してしまった。国連(国際連合)もそうです。事務総長の存在感はほぼないですよね。

2008年に流行していたら事態は違っていた

 日本における東日本大震災もそうでしたが、大きな危機は政治や社会の耐性を問う一種のストレステストになります。今回は、世界の大国である米国と中国が最も強いチャレンジを受け、両国とも自国の政権基盤をどう立て直すかに腐心している。

 ストレステストは、テスト前の状況を帳消しにするのではなく、それまでにあった傾向を後押しします。習近平政権が進めてきた国内の体制引き締めが、感染の封じ込めを通じて強まり、テクノロジーを用いた一党独裁がさらに進みました。米国ではトランプ大統領の誕生以来、深まっている共和党と民主党の支持者の分断がより激しくなっています。

 そして両国共に、相手が弱っている隙に国際社会での地位を高めようという余裕はなく、政権維持のために相手国を批判するなど外交を利用している。2010年前後からはっきりしてきた米中2極の対立により戦後国際秩序が弱体化していく流れが、新型コロナという新しいストレスで強化されています。