4年ぶりに客室乗務員(CA)の採用を再開すると発表したANAホールディングス(HD)。「華やかな職種」とのイメージがある客室乗務員だが、実際は勤務体系が不規則で想像以上に体力勝負だ。新型コロナウイルス禍が巻き起こった2020年春からは大幅な減便で業務量が急減。休まざるを得ない客室乗務員たちは複雑な思いを抱いていた。
事態の長期化が避けられない情勢となった20年秋以降は、数多くの社員がグループ外に出向したほか、地方移住や副業をしながら乗務に当たるなど新たな働き方を模索する客室乗務員もいた。これらは人件費抑制に向けた対策だったが、経営層や現場の社員たちに新たな気付きを与える機会にもなった。ANAグループのコロナ禍での苦闘を描いた書籍『ANA 苦闘の1000日』(2022年9月26日発行)から、当時の実情を振り返る。
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「今のタイミングなら『二足のわらじ』をはけるなと思って」。全日本空輸(ANA)の客室乗務員、坂本里帆は21年12月、都内から引っ越した。引っ越し先は庄内空港がある山形県酒田市だ。
ANAは羽田空港と庄内空港間を約1時間で結ぶ航空便を、通常1日4往復運航している。ただ、坂本はこの路線のみを担当するわけではない。客室乗務員としての勤務地は羽田。出勤の度にこの路線を使って「飛行機通勤」している。
ANAは客室乗務員の新しい勤務制度を21年度に導入した。勤務日数などを希望に応じて選択し、居住地を自由に選べるようにするものだ。副業なども柔軟に認める。
坂本は21年春に、国内線の客室全体を統括する責任者として乗務できる資格を取得した。これで、客室乗務員として働き続けるキャリアプランの構築に一定のメドがついた。そこで勤務形態の見直しに踏み切った。乗務するのは国内線のみとし、勤務日数を従来の半分に削減。その分、給与も従来の半分程度になる。酒田市に引っ越して現地で副業を始めることを決めた。副業を用意したのはANAグループのANAあきんど(東京・中央)だ。
酒田市では、現地の観光団体などと組みながら庄内地方の情報発信や物産品の商品開発や宣伝などを実施する「観光大使」のような仕事に従事する。地元の高校生を対象とするビジネスコンテストの司会や、そのコンテストの参加者がアイデアを考える際のサポートをすることもあるし、地元の酒蔵の新商品開発を支援することもある。
収入は、生活コストの安さなどを考慮すればコロナ禍前と比べさほど遜色がない水準にあるという。「東京に住んでいた頃と通勤時間はそれほど変わらないし、ワークライフバランスが取りやすくなった」と話す坂本は、「副業を通じて、社会人として足りていなかった経験をしたり、客室乗務員の仕事で培った強みを再認識したりできている」という。
副業の「雇用主」であるANAあきんどとしてもメリットは多い。同社はANAグループの航空事業に偏った収益構造を改善すべく、就航地を中心とした地方の創生をビジネスにつなげようとしている。庄内路線はANAの単独就航なだけに、もともと地元との信頼関係は深い。その地元でのANAのプレゼンスをさらに高める役割の一部を副業社員が担っているわけだ。
ANAあきんどの庄内支店長、前田誠は「客室乗務員の仕事のメインはあくまで機内の保安業務。ただ、地元の様々なステークホルダーとのつながりを深める部分に貢献できる人材もたくさんいる。その人たちの能力をグループ全体で活用していきたい」と話す。
中部から成田に出勤
「フライトも子育ても副業もバランス良くできるようになった」。こう話すのは客室乗務員の岩橋真弓だ。12年に第1子、17年に第2子を出産した岩橋は、子育てと仕事を両立すべく、出勤日数を従来の5割程度に抑える短日数勤務を第2子の育児休暇明けから始めた。
第1子出産後はフルタイムで職場復帰したが、国際線勤務のため月の半分は家を空けていた。子どもや夫、当時近くに住んでいた義父母に負担をかけているという後ろめたさがあったという。その後、夫は名古屋に単身赴任。岩橋は義父母と同居して何とか仕事と子育てを両立させてきた。ただ、第2子の出産後、「いくら義父母の助けがあるとはいえ、フルタイムで働きながら2人の子育てをするのは難しい」と感じ、短日数勤務を選んだ。
そんな中でコロナ禍が起き、ANAは客室乗務員の居住地の自由を認める。夫と一緒に住みながら子育てできるのが望ましいと考えていた岩橋は、短日数勤務と同程度の勤務を続けながら拠点を移すことを決断した。引っ越し先は、夫の勤務地に近く、岩橋の出身地でもある岐阜県だ。
実は義父の出身地も岐阜だ。そして、義母は「団塊世代で女性は働きたくても働きにくい状況だった、今やりがいある仕事ができているなら応援したい」と岩橋の仕事に理解を示してくれている。そこで義父母も岐阜に引っ越すことになり、義父母の支援も受けながら夫婦2人で子育てできるようになった。岩橋の両親とも家が近くなり、不測の事態に対応しやすい。
遠距離通勤を認める制度をANA社内では「NCP」と呼ぶ。通常の働き方の場合、どのフライトに乗務するかは毎月末、翌月のスケジュールが発表されるまでは分からない。ただNCPの対象者は担当する路線があらかじめ決まっており、休暇の予定も半年先まで分かる。
岩橋が乗務するのは成田─メキシコシティ線だ。乗務する日はまず、中部空港から羽田までANA便で向かう。短距離路線で新幹線が強い区間のため1日1便しかないが、便は早朝に設定されている。羽田からバスに乗り継いでも昼前には成田に到着する。成田を出発するのは夕方。それまでに必要な打ち合わせや業務を済ませられる。
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