JALは雇調金の受給に消極的

 一方JALは月給カットには踏み込まず、賞与も20年度は月例賃金の1.5カ月分、21年度の夏も0.3カ月分支給した。賞与とは別に21年夏の場合は10万円の手当も支払った。社員の一時帰休による雇調金の支給は受けていない。「10年の破綻があったからこそ、社員を守るという気持ちは強い」とした上で「社員を休ませて雇調金をいただくというのはしっくりこなかった」とJALの小枝直仁執行役員は説明する。

 ANAHDはコスト削減が進んだことで、損益分岐点売上高を大きく下げた。航空事業に限れば、19年4~6月期は4000億円強だったが、21年同期は3000億円弱だ。JAL全体の損益分岐点売上高は大きく変わっていない。

【用語解説】→損益分岐点売上高

現状のコスト構造を前提とし、損益がゼロになる売上高。固定費を限界利益率(売上高と変動費の差を売上高で割った値)で割ると算出できる。理論上は固定費を抑えれば抑えるほど、損益分岐点が下がる。ANAHDとJALは大型機の早期退役などで固定費を削減し、早期の黒字転換を目指している。

 一概にこの点をもって、両社を比較するのは難しい。一般的に固定費として分類される費目には例えば客室乗務員やパイロットの乗務回数に応じて支給される手当など、変動費的な要素も含まれており、JALはそうした要素を取り除いた「実質固定費」の増減を重視している。

 また「JALは破綻時に人件費などで相当、費用をスリム化しており、スタートラインが違う」(モルガン・スタンレーMUFG証券の尾坂拓也株式アナリスト)との指摘もある。ANAHDは10年間の拡大路線でついた「ぜい肉」を落とした一方、JALは落とせるぜい肉がそもそも少ないともいえる。いずれにせよ、供給量を調整しづらく、コストを落としづらい鉄道各社などに比べると、航空2社はコスト削減に関し、市場から一定の評価を得ている。

 ただ、人件費の削減幅を見る限り、危機感、切迫感の違いは感じられる。背景にあるのは財務基盤の強弱だ。

 これを示すのが総資産(IFRSでは資産)、純資産(同・資本)、そして負債の推移を示した⑦だ。

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【用語解説】→総資産・純資産・負債

総資産は企業が保有する資産を指し、現預金に加え通常1年以内に現金化できる有価証券などを指す流動資産と土地や建物、航空会社の場合は航空機などのモノ(有形固定資産)が中心となる固定資産に大きく分けられる。負債は有利子負債のほか、航空会社であれば予約時に受け取った航空料金など無利子で預かる資金なども含まれる。純資産は総資産から負債を引いたもので、基本的に返済義務がない会社の資産の合計を意味する。

【用語解説】→国際会計基準(IFRS)

企業が決算書などを作る際のルール。日本の上場企業は日本基準、IFRS、米国会計基準のどれかを使っている。日本基準を使う企業が多いものの、グローバル企業はIFRSや米国会計基準を取り入れることもある。ANAHDは日本基準、JALはIFRSだ。それぞれの違いは様々あるが、航空会社にとって特に重要なのはリース債務に関する考え方の違いだ。日本基準の場合、航空機材をオペレーティング・リースと呼ばれる手法で調達する場合、費用は経費処理でき、貸借対照表に資産・負債を計上する必要はないが、IFRSの場合は契約で得た資産やリース債務を貸借対照表に計上する必要がある。そのため、ANAHDがもしIFRSを適用した場合は、自己資本比率が押し下げられることになる。

 両社とも、コロナ禍前の約10年間、着実に利益を生み出し、純資産を増やしていった。一方でANAHDは事業規模が大きく、有利子負債額も高いことから、利払いを含めた現金の流出スピードはJALに比べ速い。そこで大型融資をいち早く取りまとめ、手元流動性を高めていったわけだ。

 結果、自己資本比率の格差はコロナ禍の1年で広がった。もしJALが日本基準を採用していれば、その格差は約20ポイントに広がるとの指摘もある。

 足元では感染状況の落ち着きもあり、国内線需要は回復の兆しが見え始めた。国際線も日本は出入国制限の緩和などで取り残されているとの指摘もあるが、世界的に見れば陰性証明やワクチン接種歴の証明があれば入国時の隔離制限を実施しない方針を米国が示すなど、国際的な人の往来は正常化に向け動きつつある。

 需要回復の局面に入りつつある中で、「継続的に損益分岐点を下げられるかどうか」(モルガン・スタンレーMUFG証券の尾坂氏)が今後の焦点となる。両社は固定費の変動費化など、いち早く黒字転換を果たすため、コスト削減に向けあらゆる施策を打っている。需要が本格的な回復の兆しを見せても、「リバウンド」を防げるか。これは「経営の意思が見える点だ」と尾坂氏は話す。

 11月2日にはJALの21年4~9月期の決算発表も控える。どれだけ「経営の意思」を鮮明に市場にアピールできるかも注目したいところだ。

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