日本航空(JAL)傘下の格安航空会社(LCC)、ジップエア・トーキョー(千葉県成田市)がようやく「客を乗せて」飛び立った。6月に成田ータイ・バンコク線、9月に成田ー韓国・ソウル線を就航したものの、旅客利用が見込めず、貨物専用便として運航してきたが、10月16日にソウル線で旅客便の運航を始めたのだ。ただ成田発の初便の旅客数は290の座席に対し、わずか2人。それでも旅客便としての運航を始めたのはなぜか。

貨物専用便として運航を続けてきたジップエア・トーキョーの機体が初めて旅客を乗せて飛び立った(10月16日、成田国際空港)
貨物専用便として運航を続けてきたジップエア・トーキョーの機体が初めて旅客を乗せて飛び立った(10月16日、成田国際空港)

 「(就航までの)第4コーナーを回ったところで新型コロナウイルスの影響を受けてしまったが、まずはここまでついてきてくれた社員に感謝をしたい」。こう感慨深そうに話すのはジップエアの西田真吾社長だ。「太平洋を渡る初めてのLCCという高い目標」(西田社長)を持って2018年に設立された同社は当初、20年5月に成田~バンコク線、7月にソウル線を就航させ、今冬には本丸のホノルル線に進出する算段を描いていた。

 ただ、いよいよというタイミングでコロナ禍に見舞われた。初就航は延期となり、6月からバンコク線を飛ばし始めたものの、旅客は乗せず、貨物のみを積んでいた。9月にはソウル線も就航したものの、これも貨物だけを載せて飛んでいた。

 もっとも、航空貨物はフルサービスキャリア(FSC)各社の大幅な減便によって需給が逼迫し、輸送単価が上昇している。ジップエアは貨物便として親会社のJALとコードシェア(共同運航)している。貨物運賃はFSC並みに得られる一方で、運航コストはLCCであるだけに低く抑えられている。「燃料費や空港使用料といった最低限の費用は貨物でまかなえる」(西田社長)

 そんな中迎えた、旅客便としての初就航。16日に成田を飛び立った初便は旅客がわずか2人で、乗務員の方が多いくらいだったが、それでも旅客を乗せ始めた理由はまさにここにある。最低限の収入は貨物で得られている一方、「費用は旅客を乗せても乗せなくてもあまり変わらない」(西田社長)。客室乗務員は旅客便を運航していなくとも、研修や訓練などを実施しており、給与は発生している。であれば、乗客が1人でもいるならば乗せた方が収入増につながる。OJT(実地訓練)の場を作る狙いもあるだろう。当初は週2便を旅客便として運航するが、25日からは週3便体制にする。

 ただ、バンコク線ではそうもいかない。

 日韓間では、10月8日から条件付きでビジネス目的の往来が再開しているものの、タイは国際旅客便の乗り入れを禁止している。それでも西田社長によれば「タイ発の国際線は運航できるようになった」。10月28日からはまず成田ーバンコク間を週6往復し、成田発の便は全て貨物専用で運航、バンコク発は週5日、旅客と貨物を運び、残り1日は貨物専用便として運航するという変則的な形で就航する。

 本丸のホノルル線はより難しい状況だ。懸案だった、北米路線の運航に必要な長時間洋上を運航するために必要な認可事項「ETOPS」はクリアした。ただ、ホノルル線は貨物需要が韓国やタイに比べると大きくない。ジップエアは必要な手続きを引き続き進め、11月頭には運航できる準備を済ませ、空港の受け入れ体制が整った時点、遅くとも年内には就航にこぎつけたい考えだが、採算ラインに乗せるのは簡単ではない。

 LCCは旅行需要の低迷で危機にひんしている。マレーシアを拠点とする東南アジア最大のLCC、エアアジア・グループの日本法人、エアアジア・ジャパン(愛知県常滑市)は事業継続を断念。ジップエアと同じくJALが出資しているジェットスター・ジャパン(千葉県成田市)は希望退職の募集や関西国際空港からの事実上の撤退に追い込まれた。

 他のLCCはジップエアのように貨物需要に頼れない。ジップエアは北米路線など中長距離路線への参入を視野に入れているため、航続距離の長い中型機、米ボーイング製の「787-8」を採用している。機体が大きい分、貨物スペース(ベリー)が広いため、貨物を受け入れられる。ただ、一般的なLCCは欧州エアバスの「A320」やボーイングの「737」といった燃費効率の高い小型機を使用し、搭乗率を高める戦略を取っている。ベリーは小さいため、ほとんどのLCCは貨物事業を手がけていない。

 ジップエアも、いつまでも貨物需要に頼れない。今でこそ、航空貨物の運賃は高値で推移しているものの、例えば日韓間では「日本発の貨物需要は落ち着き始めている」(ジップエア)。貨物需要自体が高まっているわけではなく、そもそもコロナ禍以前の運賃水準は米中貿易摩擦などの影響で低迷していた。FSCが復便傾向に転じれば、運賃は低下していく可能性が高い。

 そうなると、290席を有する中型機を抱えていることが一転してデメリットになる。LCCの利用率で見た損益分岐点は7~8割とされる。やはり旅客需要が戻らなければ、事業継続は難しい。

 とはいえ、FSCが復便に転じるということは旅客需要が戻りつつあるということでもある。ジップエアにとって、貨物需要と旅客需要はトレードオフの関係だ。あとは旅客需要が戻った時にジップエアが支持されるかどうか。太平洋を渡る初のLCC、そしてフルフラットシートを設けたり、無料の機内Wi-Fiサービスを提供したりするなどLCCながら快適性を追求するという独自性がどこまで受け入れられるかが勝負となる。

この記事はシリーズ「高尾泰朗の「激変 運輸の未来図」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。

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