コロナ禍で保有機材数を減らして事業規模を縮小することを決めたANAホールディングス(HD)。だが、航空機の中古市場は冷え込んでいた。最終的にはパイロットも巻き込むなど異例の対応に迫られる。新刊『ANA 苦闘の1000日』からANAグループのコロナ禍での歩みを描く連載の第6回は、前回に続き、かつてない規模での機材売却に挑んだ社員たちの奮闘を追う。

(前回はこちら)
全日本空輸(ANA)の調達部のメンバーは2020年夏、ANAホールディングス(HD)の経営企画部から「20年度中に追加で28機を退役させる」と聞かされた。もともと7機の退役を予定していたが、コロナ禍で「身をかがめる」覚悟を決めたことで一気に5倍の規模に拡大した。「いかに安く機材を仕入れるか」だった調達部の使命が、「いかに高く機材を売却するか」に変わってしまった。マネジャーの井手祐たちは、わずか8カ月ほどの期間で好条件を引き出しつつ契約をまとめるという難題に挑んだ──。
ANAが特に減らさねばならないのは米ボーイング製の大型機「777」だった。機材の小型化を進める中で余剰感が大きくなっていた。国内線用の777は既に機齢が20年前後に達している古いものが多かったが、国際線用はANAの拡大路線に伴って近年も増やしていた。
買い手を見つけることすら難しい機体に
国際線市場における777の役割は独特だ。
かつて、長距離国際線に使えるのは航続距離が長い大型機だけだった。そこに燃費性能が大幅に向上した「787」が登場。中型機を長距離路線に投入できるようになった。ANAは787を使って14年にドイツのデュッセルドルフ、17年には史上最長の飛行距離となるメキシコシティに就航。787は大型機を投入できるほどではないものの一定の需要は見込める路線に参入するための立役者となり、ANAの拡大路線をけん引した。
これによって777の価値が相対的に下がったようにも思えるが、あながちそうとは言い切れない。ニューヨーク線などの基幹路線にはやはり大型機は欠かせないのだ。需要を「量的」にだけでなく、「質的」にも満たせるからだ。
国際線は簡単に言うと、ファーストクラスやビジネスクラスといった上級クラスで利益を生み出す構造になっている。777であればファースト、ビジネス、プレミアムエコノミー、エコノミーの4クラスを設定できるのに対し、787はその機体の小ささゆえにファーストを設定しない。エグゼクティブ層の利用が多い基幹路線では、利益を増やすためにファーストを含めた上級クラスの座席を多く設けたいところ。ANAは777と787をうまく組み合わせながら収益力を高めようとしてきた。
ただ、こと中古航空機市場においては大型機の需要が落ち込んでいる。787のような燃費性能の高い中型機の登場で、世界の航空市場の潮流が変わってきたからだ。従来は「ハブ・アンド・スポーク」型。大型機で主要都市まで多くの乗客を運び、そこから地方都市へ向かう中小型機に乗り継いでもらう形態だ。それが「ポイント・トゥ・ポイント」型に移行しつつある。目的の都市間を直行便で行き来する形態だ。
航空需要を消失させたコロナ禍は大型機の需要をさらに減退させ、中古市場には大型機の出物があふれつつあった。777は売却価格をなるべく高く設定するどころか、買い手を見つけることすら難しい機体となってしまった。
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