「自力で生き残る」。新型コロナウイルス禍での乗客の激減で「身をかがめる」覚悟を決めたANAホールディングス(HD)。そのためには保有機材数を減らして事業規模を縮小することが欠かせない。2021年3月期に7機と予定していた退役機材数を、一気に35機まで拡大することにした。航空機の中古市場が冷え込む中、前例のない機材売却にANAHDはどう取り組んだのか。書籍『ANA 苦闘の1000日』(22年9月26日発行)からANAグループのコロナ禍での歩みを描く連載の第5回。

国際線で活用していた米ボーイング製の大型機「777」を中心に退役機数を増やさざるを得なくなった(写真:Aviation Wire/アフロ)
国際線で活用していた米ボーイング製の大型機「777」を中心に退役機数を増やさざるを得なくなった(写真:Aviation Wire/アフロ)

 2022年1月。全日本空輸(ANA)調達部マネジャーの井手祐は米ロサンゼルスから車で2時間ほどの距離にあるモハベ空港(米カリフォルニア州)に降り立った。砂漠地帯に立地し、「航空機の墓場」という異名を持つ場所だ。部品などが劣化しにくい乾燥した気候を求め、退役した航空機たちが売却後の引き渡しや解体の時を迎えるために集まる。

 井手がここを訪れたのも、やはり「供養」のためだ。売却契約がまとまってモハベ空港に向かう航空機に乗ってその姿を見送りながら、空港の視察や現地企業などとのミーティングをこなそうとやってきた。

 「まだまだきれいで飛べる機体なのに」──。同空港には既に20機近くのANAの機材が集まっていた。中には解体作業が始まったものもあった。2年前までは第一線で活躍していた機材が突然、その役割を終えてしまった。井手は交渉をまとめ上げた達成感とともに、やるせない思いにも包まれた。

第2波の到来でグループ全体に危機感

 今から2年前の20年7月29日、新型コロナウイルス禍で乗客が激減していたANAホールディングス(HD)が発表した同年4~6月期決算は惨憺(さんたん)たる結果だった。売上高は前年の同期に比べてわずか4分の1となる1216億円。営業損益は1590億円の赤字だった。この損益計算書上の数字以上に事態の深刻さを示すのがキャッシュフローだ。4~6月に平均で月約800億円のキャッシュアウトが発生していた。

 新型コロナの新規感染者が再び拡大し、「第2波」による経済への影響が第1波のそれを超える可能性も出てきた頃だ。「コロナが終息する時期は当初想定より遠のいている」。同日にANAHDが開いた会見の中で、CFO(最高財務責任者、当時)の福澤一郎はこう見込み違いを明かした。

 同日にANAHD社長の片野坂真哉(現・ANAHD会長)が全社員に発信した3回目のメッセージは、タイトルが「新型コロナから自力で生き残る」という、危機感を強調したものとなった。

 減便や使用機材の小型化、それに伴う人材の余剰感を解消するための一時帰休、そして業務の内製化……。新型コロナの影響が国内でも顕在化した20年3月以降、ANAHDは急場をしのぐための策を続々と打ち出していった。ただ、これはコロナ禍が数カ月で終息して航空需要が回復に向かうという見込みを基にした、いわば「小手先」の打ち手だった。

 もし第1波だけでコロナ禍が収まっていれば、ANAHDの事業構造改革は実現しなかっただろう。第2波が到来したことで、グループ全体に危機感が浸透し、供給力の縮小を意味する「身をかがめる」という言葉がANAHD内の総意となっていった。それに欠かせないピースが、機材の「切り売り」だった。

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