2022年10月1日、全日本空輸(ANA)は23年春入社の社員の内定式を開く。グローバルスタッフ職(旧総合職)や自社養成パイロットの新卒採用は実に3年ぶりだ。コロナ禍で身をかがめる覚悟を決めたANAホールディングス(HD)はANAをはじめとした多くの事業会社で新卒採用を停止し、既存社員の希望退職制度や無給休暇制度などをもうけて人件費の圧縮を図ってきた。その中ではANAグループ外への出向を大幅に増やすという奇策もあった。異例の外部出向の現場では何が起こっていたのか。書籍『ANA 苦闘の1000日』(2022年9月26日発行)からANAグループのコロナ禍での苦闘を描く連載の第3回。

コロナ禍前の2019年4月1日には、グループに入社する3500人近くを集めた大規模な合同入社式を開いていたが……(写真:REX/アフロ)
コロナ禍前の2019年4月1日には、グループに入社する3500人近くを集めた大規模な合同入社式を開いていたが……(写真:REX/アフロ)

 今から2年前の2020年7月29日、ANAHDは20年4~6月期決算を発表した。売上高は前年の同期に比べてわずか4分の1となる1216億円。営業損益は1590億円の赤字と惨憺(さんたん)たる結果だった。

 この日、社内ではより踏み込んだメッセージが発信された。「現在の環境では、楽観できる要素は多くありません」。ANAHD社長の片野坂真哉(現・ANAHD会長)は同日、社員に対し、航空需要がコロナ禍前の水準に戻る時期を国内線が22年度末、国際線が23年度末と想定し直す考えを示す。「当初から最悪のケース、ベストのケース、その中間と3つのシナリオを描いてきた」とANA社長の平子裕志(現・ANAHD副会長)が言う中の「最悪のケース」だ。

 コロナ禍の終息が一定期間見込めないのであれば、労働力の縮小とも向き合わなくてはならない。20年4月からは日にちを指定して休んでもらう一時帰休を本格化させていたが、それは「一時しのぎ」にすぎなかった。

雇用を守り、人件費を抑える

 諸外国を見渡すと、大規模なレイオフ(一時解雇)に踏み切る巨大航空会社が数多くあった。とはいえ、片野坂は幾度となく「雇用は守る」との方針を示してきた。何より、日本の労働規制上では簡単には解雇に踏み切れない。そこでANAHDが打ち出したのが「グループ外出向」だった。

 一時帰休では給与を雇用調整助成金などで補塡してきたが、支援への依存度を下げながら人件費負担を抑えるためにどうするか。そこで浮かんだのが、一部の企業や団体相手に限られていた出向を一気に拡大させるという奇策だった。

 グループ各社が外部企業に人材を送り込み、それぞれの企業で働いてもらう。その間は、個々の契約に応じて出向先の企業から受け取った人件費に加え、自己資金や補助金などを原資としながら、ANA各社が出向中の社員たちに給与を支払うというものだ。

 ただ休んでもらうよりも、人手がほしい企業で様々な経験を積んでもらう。そうすれば帰任後に出向中の経験を生かせるだろうという期待もあった。