国鉄が分割民営化されて35年。JR各社では今年、1985年卒の新社長が3人生まれるなど、国鉄時代をほぼ経験していない“JR世代”が経営を担う時代に入った。2回目は22年4月にJR九州の社長に就任した古宮洋二氏。国鉄に入社したときの同期のつながりは今も強いと明かす。

古宮洋二(ふるみや・ようじ)JR九州代表取締役社長執行役員
古宮洋二(ふるみや・ようじ)JR九州代表取締役社長執行役員
1985年九州大学工学部卒、日本国有鉄道入社。分割民営化でJR九州の所属となる。2004年の九州新幹線開業を新幹線開業準備室長として陣頭指揮。12年に取締役クルーズトレイン本部長兼総務部長、16年に常務取締役鉄道事業本部長兼北部九州地域本社長となる。20年に取締役専務執行役員総合企画本部長となり、22年から現職。(写真=古立康三)

1985年に国鉄に入社されましたが、分割民営化でJR九州に所属してからはもちろん、国鉄時代も九州以外での勤務を経験されていないそうですね。地方採用ということですか。

古宮洋二・JR九州社長(以下、古宮氏):大卒はもともと本社採用と地方採用に分かれていたのですが、その年だけが「フランチャイズ制」採用だったのです。

 当時の国鉄は経営難で、82年を最後に大卒採用を2年間凍結していたのですが、確か84年のお盆を過ぎた頃、国鉄が採用を再開するという話を聞いたのです。そこで就職担当の先生に尋ねに行った記憶があります。私は九州大学工学部の機械科だったので、乗り物をつくる会社に入りたいと思っていたからです。そして、父親が国鉄職員だったことも、国鉄に入ろうと思ったきっかけですね。

 それまでとは採用方法が変わったのは、3年ぶりの採用だったからでしょう。フランチャイズ制とはどういうことか。当時「野球のフランチャイズみたいなものだと思ってくれ」と言われたのです。プロ野球の球団と同じで、一人ひとりが本拠地を持ちつつ、全国に遠征する。私の場合は九州を基本としながらも、東京勤務も北海道勤務もあるかもしれない、というわけです。

すると、その段階では分割民営化は前提ではなかった。

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