混雑緩和への投資が重荷に

 路線の価値を高めようと通勤ラッシュの緩和に多額の資金を投じてきたことが、コロナ禍での経営の重荷になっている。例えば東急電鉄は、この20年間で乗客数を約25%増やした。その一方で鉄道事業の営業費用は4割近く増えている。車両の導入や複々線化に伴う費用が増加したためだ。

 鉄道各社はコスト削減にあらゆる手を尽くす。JR東日本は広告宣伝費や修繕費、設備投資の抑制によって21年3月期に1500億円ものコスト削減を見込む。それでも1兆円という売上高の減少との間には大きな開きがある。

 21年春のダイヤ改正では東京100km圏の終電を30分ほど繰り上げることも決めた。運行本数の減少によるコスト減だけでなく、保守点検時間の拡大で人手に頼っていた作業を機械化する余地をつくる。JR西日本も関西地区で終電の繰り上げを決定。西武鉄道や東急電鉄など私鉄でも検討の表明が相次ぎ、来春は多くの路線で列車の運行本数が減ることになりそうだ。

 とはいえ、人員や所有する車両の削減までには踏み込んでいない。JR東と西は、乗客の多い通勤時間帯を値上げして乗客の少ない時間帯を値下げすることで混雑の平準化につなげる「幅運賃制度」の導入も目指すが、ピーク時に合わせて用意していた人員や車両を減らすのには時間がかかる。「5~10年という長期的な視点で取り組むことになる」(JR西の長谷川一明社長)。運賃収入の柱だった通勤需要が半減し、その減収をコスト削減ではカバーできない構造的な問題は当面続く。

乗客が減るなか、あえて増発

 「コロナ後でも座席の9割近くが埋まる列車がある。密を回避したい、他人との距離を取りたいという新しいニーズが生まれている」。こう話すのは京王電鉄の担当者。乗客が減るなか、あえて増発に打って出ることを決めた。増やすのは通常の列車ではなく、1人410円の追加で必ず座れる座席指定制の「京王ライナー」だ。平日の朝に上り2本、夜に下り3本を追加し、座席指定券を新たな収入にする。

 座席指定券で追加の収入を得ようとするのは、最近の鉄道会社の経営の定石になっていた。それを定期券に代わる利用者との接点として活用するのがこれからの戦略だ。

 通勤時間帯に座席指定制の特急列車を走らせている東武鉄道は9~10月、チケットレスサービスの利用者限定で特急料金を半額にするキャンペーンを実施した。乗車の直前に手持ちのスマホからチケットが買える利便性があるため、一度登録した利用者は「継続利用率が高い」(東武の池田統括部長)。具体的な数字は非公表だが、チケットレスの利用率が大幅に増えたという。

東武鉄道はチケットレスサービス限定で特急料金を半額にするキャンペーンを実施した(写真:PIXTA)
東武鉄道はチケットレスサービス限定で特急料金を半額にするキャンペーンを実施した(写真:PIXTA)

 JR西が6月に期間限定で発売した格安特急券もチケットレス限定だった。特急列車に通勤客を分散させる狙いで、大阪から京都、神戸方面の通常1000円を超える特急料金を1回300円に設定した。多くの利用者がいたことから、10月からは通常の特急料金より安い520~1150円で通年販売を始めた。

 利用者がチケットレスサービスに登録してくれれば、利用頻度が高い人にクーポンを発行したり、最近利用していない人に利用を働きかけたりといった対策も取れるようになる。これまでにない厳しい経営環境が、結果的に鉄道会社のデジタルトランスフォーメーション(DX)を促している。

 なりふり構っていられない鉄道会社は、自社が持っている資産を活用して少しでも増収につなげることに知恵を絞り始めた。次回は、滞在時間が増える沿線地域での売り上げ拡大、そして都心への通勤に代わる新たな移動需要の確保といった、鉄道会社の新しい勝負どころを見ていく。

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