JR西日本が紀勢線で始めた「サイクルトレイン」。自転車を解体せず、そのまま列車内に持ち込める気軽さが、地元客の需要も取り込んだ
JR西日本が紀勢線で始めた「サイクルトレイン」。自転車を解体せず、そのまま列車内に持ち込める気軽さが、地元客の需要も取り込んだ

 紀伊半島の海岸線を縫うように走るJR紀勢線。「きのくに線」の愛称で親しまれる和歌山県内区間のうち、御坊(御坊市)~新宮(新宮市)間の普通列車が「サイクルトレイン」になった。

 自転車を解体することなく、そのまま列車内に持ち込め、追加料金もかからない。予約は不要。平日は午前9時から終電まで、土日祝日は終日全ての列車が対象という気軽さだ。

 サイクルトレインというと、サイクリスト専用だと思われがちだが、さにあらず。意外に地元客の利用が多い。

 「便利ですね。(ロードバイクやクロスバイクではなく、)ママチャリやから、逆に目立ちます。『えっ、これで乗って来たん?』って」

 2022年9月上旬、紀勢線に乗ると、ママチャリを車内に持ち込み、楽しそうに話し込む親子と出会った。和歌山県白浜町の椿温泉で旅館「しらさぎ」を営む熊野徹児さん(49)と中学1年生の元貴くん(12)だ。

サイクルトレインに乗って小旅行を楽しむ熊野さん親子
サイクルトレインに乗って小旅行を楽しむ熊野さん親子

 熊野さん親子は21年9月、紀伊田辺(田辺市)~新宮間でサイクルトレインのサービスが始まると、鉄道と自転車を組み合わせた小旅行に繰り出すようになった。

 紀伊勝浦駅(那智勝浦町)で降りてランチにマグロ丼を食べ、太地町のくじらの博物館に行き、道中で公衆浴場に立ち寄る。紀伊田辺駅で降りて、みなべ町の小目津(こめづ)公園で遊ぶ。

 「車なら気づかない景色と出合えるのがサイクルトレインの魅力。次は(印南町の)かえる橋とかええなあ、と考えています」(徹児さん)

「ガラガラなのがもったいない」乗客減を逆手に

 紀勢線の利用状況は厳しい。特に県南部の白浜(白浜町)~新宮間の輸送密度(1キロメートルあたりの1日平均旅客輸送人員。平均通過人数とも言う)は20年度、608人まで落ち込んだ。国鉄から分割民営化された1987年度は4123人だったが、沿線の人口減少や高速道路の整備に伴って乗客は減る一方。新型コロナウイルス禍がさらに追い打ちをかけた格好だ。

 しかし、この乗客の減少こそが、新たなアイデアの芽を生んだ。

 「ガラガラなのがもったいないな、と思って」

 JR西日本和歌山支社の松田彰久副支社長は21年6月の着任早々、サイクルトレインのプロジェクトチームを支社内に立ち上げた。

 和歌山県内には約800キロメートルに及ぶサイクリングロードがあり、県そのものがサイクリングを通じた町おこしに力を入れてきた経緯がある。

 紀勢線は海岸線に沿って鉄路が延び、車窓から雄大な海を見渡せる。この唯一無二の景色を生かし、自転車を載せて鉄道で移動できるようにすれば、全国各地からサイクリング好きの観光客を呼び込めるのではないか。

 列車内に自転車を持ち込めるサービスは既に全国に広がっていたが、松田氏の目には制限が多すぎると映った。

 「平日は駄目だとか、この列車だけ、この駅だけとか。使う側からしたら、極力制限はないほうがいい。思い切って制限を全部取り払おうよ、と。予約不要、追加料金もなしにして、全駅、全列車OKにできないか」

 県の後押しもあり、まさに「突貫工事」(松田氏)で検討を進め、3カ月足らずで紀伊田辺~新宮間の105.2キロメートルをサイクルトレイン化した。

 平日の朝はさすがに高校生の通学で混雑するため、当初は自転車の持ち込みを午前9時~午後5時に限定。その後、車内の混み具合を調べ「これならいける」(松田氏)と、平日夜も自転車の持ち込みを解禁した。

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