鉄道の乗車券でバスにも乗れる。そんな全国初の試みが、徳島県のローカル線・JR牟岐線の一部区間で始まった。本来、異なる交通事業者が運賃や運行ダイヤを調整するのは「カルテル」として禁止されている。独占禁止法の例外規定となる「共同経営」の仕組みを使い、鉄道とバスの「壁」を乗り越えた。

 「次の発車は徳島バス。乗り場は0番線」――。2022年4月から、JR牟岐線の阿南駅(徳島県阿南市)の改札に、奇妙な行き先案内が表示されるようになっている。

 乗り場の「0番線」というのは機器の仕様上、やむなく表示させているもの。実際は改札を出て左手に進み、階段を降りた先にあるバス停が本当の乗り場。そこから出る高速バスに、JRの切符で乗れるようになっているのだ。

JR牟岐駅の行き先案内に表示された徳島バスの便名
JR牟岐駅の行き先案内に表示された徳島バスの便名

 話は3年前に遡る。

 JR四国は19年3月のダイヤ改正で大胆な策に打って出た。徳島市の徳島駅から海沿いに徳島県南部へと走る牟岐線のうち、徳島~阿南間を大増発。日中30分おきに走る「パターンダイヤ」を導入したのだ。一般的に人々がストレスなく待てる時間は30分までといわれている。加えて、徳島駅の発車時刻を毎時「00分」と「30分」に統一することで分かりやすさを前面に打ち出した。

 徳島~阿南間は約25キロメートル、所要時間は47分。県庁所在地である徳島市への日常的な通勤・通学、買い物などに利用できる距離だ。18年度の輸送密度(1キロメートルあたりの1日平均旅客輸送人員。平均通過人員とも言う)は4809人。13~17年度平均の営業係数(収入100円を得るための経費)は183だった。赤字路線ではあるが、てこ入れすれば乗客を増やす余地があり、収支改善が見込めると判断した。

 ただ、JR四国はJRグループ最小の規模で、会社発足以来、鉄道事業で黒字を出したことがない。経営資源は限られている。そこで「選択と集中」(総合企画本部の新居準也担当部長)として、阿南より南側を減便することにした。ちなみに同じ18年度、阿南~牟岐(徳島県牟岐市)間の輸送密度は690人、さらに先の牟岐~海部(徳島県海陽町)間は212人と、利用客数に大きな差が生じていた。

JR牟岐線は現在、海部駅より1つ手前の阿波海南駅(徳島県海陽町)までの運行になっている
JR牟岐線は現在、海部駅より1つ手前の阿波海南駅(徳島県海陽町)までの運行になっている

 徳島~阿南間は4往復(上下合わせて8本)の増発、阿南より先は4往復(上下合わせて8本)の減便。JR四国は明暗分かれる“決断”について徳島県庁に説明に出向いた。担当部署は理解を示すも、阿南より先にも高校があり、通学の利便性が下がることを懸念した。運行間隔が2時間も空いてしまう時間帯が生じるからだ。そこで県から1つの提案が持ち上がる。徳島バスが運行する高速バス「室戸・生見・阿南大阪線」を活用できないか、というのだ。このバスは阿南以南は牟岐線と並行する一般道を走行している。

 鉄道とバス。同じ公共交通機関ではあるが、その間には高い「壁」がある。

 まず、鉄道とバスは長年、ライバル関係にあった。牟岐線の沿線を走るバスの一部は徳島市内まで乗り入れており、牟岐線の競合となっていた。

 さらに徳島バスとJR四国とは、高速バス事業でも競合関係にある。1998年の明石海峡大橋開通後、徳島と関西との間を結ぶ高速バスが日常の足となっている。徳島バスは南海電気鉄道の傘下にあり、南海をはじめ阪急阪神ホールディングスなど私鉄系のバス事業者と連合を組んだ。一方、JR四国の子会社・ジェイアール四国バスはJR西日本系のバス事業者と共同運行している。両社は疎遠な関係にあったのだ。

 それでも、利用客の減少や運転手不足に悩む徳島バスにとって、JR四国との連携は渡りに船だった。室戸・生見・阿南大阪線は徳島県南部の自治体から強い要望を受けて走らせているが、収支は赤字。大阪と行き来する客だけでなく地元の短距離移動の客も取り込めれば、収入は増えることはあっても、減ることはない。

 そこで2019年3月のJRダイヤ改正に合わせて、高速バスの途中乗降を認めて短距離利用できるようにした。阿南駅で鉄道と乗り継げるように運行ダイヤも一部変更し、ウェブサイトに乗り継ぎ時刻表を掲載した。

次ページ 追加運賃なしが転機に