「そうだ 京都、行こう。」に代表されるマスマーケティングが身上だったJR東海。しかし新型コロナウイルス禍の後は「ずらし旅」「推し旅」など一見ニッチでマニアックな企画が続々と生まれている。その背景には、ニッチでもボリュームを確保するしたたかな計算と、社員一人ひとりが稼ぐことを考える意識の変化があった。

 「まさに呉越同舟ですね」。6月に東京スカイツリーで開かれた「ただいま東京」キャンペーンの発表会を見て、あるJR関係者がつぶやいた。そこにはJR東日本、JR東海、東京メトロ、さらにはエアラインのJAL、ANAが大集結していたからだ。

「ただいま東京」キャンペーンではJR東海の呼びかけでJR東日本と東京メトロ、さらには大手エアライン2社も大集結した
「ただいま東京」キャンペーンではJR東海の呼びかけでJR東日本と東京メトロ、さらには大手エアライン2社も大集結した

 この夏休み、全国各地から東京へ観光客を呼び込もうと立案されたこのキャンペーン。首都圏発の観光客よりも、首都圏着の観光客の戻りが鈍いことに頭を悩ませていたJR東海が各社に声を掛けて実現した。中身は公式SNS(交流サイト)アカウントを開設して情報発信を行う程度で、会場の記者からは「これだけではインパクトが弱いのでは」との声も聞かれた。しかし、鉄道業界に長く関わってきた関係者たちの反応は異なる。一様に「JR東海がここまでやるとは」と驚きの声が上がった。

 JR東とエアラインはスキーで共同キャンペーンを張ったことがある。しかしJR東海とエアラインは東京~大阪間などのビジネス輸送でしのぎを削る競争相手で、これまでなら協業は考えられなかった。また、JR東とJR東海も首都圏からの観光客を奪い合う関係にあり、同じJRグループといえども協力が密だったとはいえない。

 JR東海営業本部の安齋辰哉担当部長は「別に仲が悪かったわけではないのだが……」と苦笑しながら、こう話す。「新型コロナウイルス禍の前は東海道新幹線が混んでいたので、新しい企画を持ち込んだら怒られると思っていた、と取引先から言われたことがある。現実として、なかなか形にできなかったのも事実だ」(安齋氏)。

 しかしコロナ禍による乗客の急減は、業界内で「堅い」「新しい取り組みに興味を持たない」と言われたJR東海を大きく揺さぶる。密を避ける風潮の中、「そうだ 京都、行こう。」といった、定番の観光地に大量の旅客を送り込む大型キャンペーンが難しくなったからだ。

 とはいっても、東海道新幹線の座席数は1列車当たり約1300席。地方のローカル線とは違い、ある程度の乗客数を確保しなければビジネスは成り立たない。マスマーケティングからの転換は不可欠だが、ニッチにも振り切れない――。そんな中で安齋氏らが生み出したのが、20年7月から始めた「ずらし旅」だ。

 東海道新幹線沿線であまり知られていない観光資源を掘り起こし、様々な場所へと出かけてもらう。一つひとつのパイは小さくても、集まればそれなりのボリュームになる、というのが狙いだった。

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