最後まで新幹線の建設に同意しなかった鹿島市だが、今はJR九州との良好な関係を築きつつある。

 市内にある肥前浜駅には毎週月曜日、長崎行きの観光列車「36ぷらす3」がやってきて、約1時間停車する。地元の酒蔵による試飲イベントや、駅から徒歩5分ほどのところにある重要伝統的建造物群保存地区の見学ツアーが開かれている。

 九州全域を5日間かけて周遊する36ぷらす3が、ここまで長時間停車するのは肥前浜駅だけ。乗客向けのイベントを企画するNPO肥前浜宿水とまちなみの会の中島幸代氏は「きっかけはクルーズトレインの『ななつ星 in 九州』が、時間調整で10分ほど停車するようになったことだった」と話す。「住民を集めて歓迎イベントを続けていたら、JR九州から36ぷらす3の停車駅にしたいと声がかかった」と中島氏。地元の熱烈なアプローチにJR九州が応えた。

肥前浜駅では観光列車「36ぷらす3」の停車時間に地元住民によるおもてなしが行われる
肥前浜駅では観光列車「36ぷらす3」の停車時間に地元住民によるおもてなしが行われる

 伝統的建造物群保存地区では、明治中期の建築物をJR九州が借り受け、宿泊施設として活用するプロジェクトが進行している。今年秋に開業予定だ。JR九州の新規事業提案制度として採用されたもので、地域振興を意識した新ビジネスという。

JR九州が宿泊施設「茜さす 肥前浜宿」として再生予定の建物
JR九州が宿泊施設「茜さす 肥前浜宿」として再生予定の建物

 6月には、新幹線開業後も肥前山口駅から肥前浜駅までは電車が走ることが決まった。当初は施設を維持する佐賀県・長崎県の負担を軽減するため、肥前山口~諫早間の電化設備を撤去する予定だった。つまり電車を走らせるのをやめ、すべてディーゼルカーによる運行とする予定だった。

 その後、新幹線開業後も博多~肥前鹿島間を1日5往復走る予定の特急列車を、電車のままにするとJR九州が決定。肥前鹿島駅までの電化設備は同社の負担で維持することになった。今回、普通列車の一部も電車のまま走らせることに決め、電化区間を肥前浜駅まで1駅伸ばした。

 JR九州は計画の変更について「コロナ禍などによって、ディーゼルカーより導入や運行コストが安い電車を走らせたほうが、設備の維持コストを含めても負担が少なく済む」と説明する。

 地元は歓迎している。ディーゼルカーは速度が遅いため、電車が走る肥前山口駅から、東側の佐賀方面へは直通運行ができないとされてきた。しかし電車であれば、直通列車が残される可能性があるなど、利点が生まれる。中島氏は「ぜひ36ぷらす3は走り続けてほしい。電化の維持は地元にとって大歓迎」と話す。

 JR九州は表向き、経済合理性から電化区間を延長したとするが、地元の反応も考慮したうえでの判断だろう。桑原氏は上記の記事で「着工が決まったことで、鹿島市は経済的に地盤沈下するわけですから、何らかの振興策は当然の権利として要望していきます」と語っていた。

肥前浜駅には今年1月、地元の酒が楽しめる「HAMA BAR」もオープン。改装費は佐賀県が負担した
肥前浜駅には今年1月、地元の酒が楽しめる「HAMA BAR」もオープン。改装費は佐賀県が負担した

与党PTは在来線のJR九州による運行継続を求める

 上記のように協力し合う場面も見られるJR九州と佐賀の地元だが、西九州新幹線を巡っても団結のムードをつくれるだろうか。議論すべき様々な課題が残されている。

 例えば、新鳥栖方面へと新幹線を延ばすとして、その後の並行在来線をどうするのかといったことだ。与党PTの議論では6月、「JR九州が運行を維持することが不可欠」との方針が確認された。これに対し、JR九州の青柳俊彦社長は会見で「我々が同意しているわけではない」と発言した。同社は、フル規格新幹線とすることの方向性が見えてから、初めて在来線をどうするかの協議に移るという原則論に立つ。

 在来線を維持するとして、JR九州がすべてのコストを負担するのか、特急・快速列車の運行を続けるのか、佐賀県の財政負担軽減のためJRが支払う貸付料を増額するのか……。こうした議論が佐賀県と国、JR九州を交えて進むとみられる。

 新幹線新設のメリットが乏しいのに、負担がかさむ。そう考える地元自治体が、鉄道会社と満場一致で折り合うことは難しいだろう。リニア問題で揺れる静岡県では、落としどころは地域振興しかないという声が聞かれる。JR東海はリニア全線開通後に静岡県内に停車する東海道新幹線が増える可能性を示唆しているが、具体的な本数などについては明言を避けている。静岡県のある関係者は「詳細なメリットを提示してほしい」と語る。

 人口減少に加え、新型コロナウイルス禍の影響による鉄道離れもあって、鉄道会社からみれば、今後はローカル線の存廃が具体的な論点となっていく。そうした意味でも、鉄道会社にとってかつてなく自治体や住民との対話の重要性が増している。

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