5月に日本初となる新幹線ペット専用列車が運行された。新型コロナウイルス禍で交通各社が新たな収益源を模索する中、子供よりも数の多いペットに着目した取り組みだ。「ペットは“手荷物”ではなく“小さなお客様”」。そんな意識が鉄道やエアラインなどの運輸業界に限らず、ホテルにまで広がり始めている。

 「小さなご家族の皆様、いつも新幹線をご利用の際は、乗車マナーにご協力いただきましてありがとうございます。本日は車窓からの景色を、ご家族一緒にお楽しみ下さい」

 5月21日、上野駅を出発して軽井沢駅(長野県軽井沢町)へと向かう北陸新幹線の貸し切り列車で、こんなアナウンスが流れた。「小さなご家族」とは子供のことではない。ツアーの参加者が連れてきたペットの犬のことだ。普段はケージの中でじっとしている犬たちが、飼い主に抱かれるなど思い思いのスタイルで一緒に車窓を楽しんでいた。

犬たちは思いっきりリラックスして旅を楽しんでいた
犬たちは思いっきりリラックスして旅を楽しんでいた

 参加者の1人は「いつもケージに入れて旅行しているが、1時間くらいが限界。今日はリラックスして過ごしてくれていてうれしい」と満足げに語る。

 「わん!ケーション」と名付けられたこのツアー。日本初の新幹線ペット専用列車の実証実験として、JR東日本傘下のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)・JR東日本スタートアップと西武ホールディングス(HD)などが共同で企画した。旅行代金は1泊2日で2人1組10万6000円からと高額なうえ、募集期間が4月26日から10日あまりと短かったにもかかわらず、18組35人と21匹の犬が参加した。

 最大の売りは、往路の新幹線で約40分間、犬をケージから出せること。愛犬家だけが乗車する貸し切り列車であれば何のことはないようにも思えるが、実現までには多くの問題をクリアする必要があった。車両は貸し切り運行の後、再び一般の乗客を乗せることになるからだ。乗客がペットの毛などでアレルギー反応を起こす可能性もあり、清掃をどうするかが大きな課題になった。

 そこで今回、始発の上野駅には出発時刻の約30分も前に車両を入れ、入念な準備が行われた。スタッフが1両の全座席にビニールカバーを掛けて、布地に毛が付くことを防止。さらにパナソニックの協力で、空気清浄機も設置した。こうした対策は全て獣医師の指導の下で策定した。車庫ではなく始発駅で準備を行ったのは「事業化を見据えると、スタッフの立ち入りが制限される車庫よりも現実的」(JR東日本スタートアップの古川詩乃氏)だからだ。運行終了後は、車庫で改めて念入りな清掃を実施した。

上野駅のホームで空気清浄機を積み込んだ
上野駅のホームで空気清浄機を積み込んだ

 そこまで手間を掛けてでも実証実験に踏み切ったのは、新型コロナウイルス禍で利用客が減る中、新たな需要を開拓できる期待があるからだ。古川氏は「愛犬は家族の一員。一緒に旅行したいというニーズは多い」と話す。事実、参加者の1人は「ケージに入れるのは嫌なので、これまではマイカーで旅行していた」と明かす。こういった潜在顧客を取り込める可能性がある。

 「今後、清掃やオペレーションなどの課題を検証して、事業化を前向きに検討していきたい」と古川氏。貸し切り列車ではなく、1つの車両だけをペット専用とすれば料金は下げられるとも話す。ただしその場合は、一般客がペット専用車両を通り抜ける際にどう対策するかが課題になるという。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り2458文字 / 全文3830文字

【春割/2カ月無料】お申し込みで

人気コラム、特集記事…すべて読み放題

ウェビナー・音声コンテンツを視聴可能

バックナンバー11年分が読み放題

この記事はシリーズ「佐藤嘉彦が読む鉄道の進路」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。

佐藤嘉彦記者の『鉄道会社サバイバル』好評発売中!

コロナ禍、人口減、鉄道を襲ういくつもの苦難。それでも、現場のハートは燃えている! 鉄道が担う公共交通という役割を残し、守ろうと奮闘する現場の人々の思いを追って、日経ビジネスの「鉄」記者が自ら駆け回ってきました。人気連載「佐藤嘉彦が読む鉄道の進路」をついに書籍化! 日本全国の鉄道の、現場の挑戦、苦闘、そしてトンネルの向こうを目指す生の声を伝えます。