JR西日本が今までにない割引切符を矢継ぎ早に出している。大幅に価格を安くしたものや、早く買うほど安くなるという値決めの鉄則を覆した事例もある。いつもと変わりなく物事を進める「安定第一」の保守的な企業が、トライ・アンド・エラーの考え方で自ら変化を起こす。

 2020年9月14日、シルバーウイークを週末に控えて、JR西日本の駅に一斉にポスターが張り出された。山陽新幹線の「こだま」号と一部の「ひかり号」が通常の半額で利用できる割引切符「山陽新幹線 直前割50」を翌15日から発売するという告知だ。

 直前割50は、企画の経緯から商品内容まで異例ずくめだった。

 営業本部で商品を企画する川岸宏樹課長は「割引切符を出そうと考えたのは9月に入ってから。通常は2カ月ほどかける準備期間はなかった。パンフレットは制作できず、どうにかポスターだけ間に合わせた」と振り返る。

川岸宏樹課長は新幹線の割引切符を相次いで企画した(撮影:山田哲也)
川岸宏樹課長は新幹線の割引切符を相次いで企画した(撮影:山田哲也)

 コロナ禍で鉄道の利用動向は目まぐるしく変わっていた。わずかな需要の回復も取りこぼすことは許されなかった。20年はゴールデンウイークの需要が緊急事態宣言で消滅し、お盆の帰省需要も感染第2波で低調だった。9月に入ると感染の波が収まり、利用の回復傾向が見えてきたため、急きょ半額切符を出した。

 直前割50の切符は、従来よりもずっと早く販売を実現させたことの他にも、鉄道会社として異例な側面を持っていた。それは、予約・購入できるタイミングが乗車日の3日前から前日までの間だったことだ。

 割引の鉄則は、早く購入すれば安くすること。固定費の大きな鉄道会社にとって、そのほうが早めに需要を固められるというメリットがあるからだ。

 「感染状況の先行きが見通せないため、予約が直前に入る割合が上がっていた」と川岸氏は話す。利用の少なさが目立つ「こだま」号などに限定することで、密を避けて旅行してもらう意味合いもあった。

駅員への周知、緻密な需要予測……

 利用は想定以上で、当初の設定期間は9月末までの週末だったが、すぐに12月20日までの週末に対象を拡大した。21年に入ってから再度、3月28日までの設定にした。4月からは半額だった割引率を約4割に改め「新幹線 直前割きっぷ」として販売を続けている。

 需要喚起のための割引はビジネスの常とう手段。値決めが許認可制となっている鉄道にあっても、割引切符については届け出で済むため、自由度は高い。ただ、それでも機動的な値引きはやってこなかった。

 長谷川一明社長は若い頃の経験をこう語る。「割引切符1つをつくるにも3カ月程度かけ、社内稟議(りんぎ)を何度も通していた。乗客からの問い合わせや発券に対応する駅員に周知を徹底させなければいけないし、一度発売した切符をすぐに止めるわけにはいかない。そのため緻密な需要予測を立て、商品内容や価格を慎重に決める必要があった」

 しかし、状況が刻一刻と変わるコロナ下では過去の経験は通用しない。

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