JR西日本は3月22日にAndroidスマホのタッチで鉄道利用や買い物ができる「モバイルICOCA」を開始する。同種のサービスはJR東日本が2006年にガラケー向け、11年にはスマホ向けに展開済み。遅れること12年、周回遅れのリリースの裏には何があるのか。
「数十億円という投資コストに見合うのか、検討に時間がかかってしまった。大変お待たせをした」。モバイルICOCA開始の記者会見に登壇したJR西の奥田英雄デジタルソリューション本部長は、JR東の「モバイルSuica」よりもサービス開始が大幅に遅れたことを問われると、こう話した。
JR西がモバイルICOCAの導入計画を発表したのは20年10月のこと。新型コロナウイルス禍を受けて22年度までの中期経営計画を見直すことになり、「JR西日本グループデジタル戦略」を新たに策定。その柱にモバイルICOCAを位置づけた。

ICOCAのような交通系ICカードの利用履歴は、消費者の日々の行動分析に役立つ宝の山だ。何時何分にどの駅からどの駅まで鉄道を利用したのか、どの店でいくらの買い物をしたのかなど、膨大なデータを収集できるからだ。
しかし問題が1つある。データの多くが無記名で、利用客の氏名はもちろん、年齢層や性別すら分からない。JR西が発行したICOCAは約2700万枚に達しているが、そのうち確実に個人を特定できるのは、クレジットカードとひも付けてチャージができる「SMART ICOCA」約100万枚だけだという。
JR西は駅ビルのマーケティング精度を高めるため、商業施設ごとにバラバラだったポイントサービスを共通で使える「WESPO(ウエスポ)ポイント」に統合中。そのアプリにICOCAのカード番号を登録してもらうことで、移動データに基づいたクーポンを配信する機能を実装している。
しかし「ひも付け数は100万枚程度」(デジタルソリューション本部の桑野浩二カード・ICOCA推進課長)。前述のSMART ICOCAと合わせても、個人が特定できるのは重複がないとして最大200万枚分だ。発行枚数の1割以下にすぎず、大半のデータは宝の持ち腐れになっていた。
そこでモバイルICOCAの開発に当たって、「単純にICカードの機能をモバイル化するだけでなく、利用者の移動データ、購買データを分析して、様々なリコメンドを出していく」(JR西の長谷川一明社長)という方針を掲げた。(参考記事「失敗も許容 長谷川社長『保守的社風に変化』」)。
かかった開発コストは、得られたデータを効率的なマーケティングに生かすことで回収する。データドリブン企業に生まれ変わる一里塚と位置付けることで、“周回遅れ”とも言える開発を決断したわけだ。
データ戦略のカギはモバイルICOCAの利用において登録を必須とした「WESTER会員」だ。これは、従来、クレジットカード「J-WESTカード」でたまる「J-WESTポイント」やICOCAの利用でたまる「ICOCAポイント」、そして駅ビルでの購買でたまるWESPOポイントを、3月7日から4月10日にかけて「WESTERポイント」に一本化するものだ。新幹線などのインターネット予約サービス「e5489」のログインIDもWESTER会員のIDとなる。
つまり、ICOCAによる日々の移動履歴に加えて、ネット予約による新幹線などの利用履歴、クレジットカードの決済と駅ビルでの購買に関するデータが統合される。1人の消費者を多面的に分析することで、より精度の高いマーケティングが可能になる。
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