東急電鉄が2023年春の値上げを目指し、国土交通省に運賃改定を申請した。値上げ幅は平均12.9%で、長年保ってきた「大手私鉄で最安値水準」の看板を下ろす。値上げが認められるのは、今後3年間赤字が継続すると見込まれる場合。東急は新型コロナウイルスが収束しても定期券利用客の客足は戻らず、鉄道事業で年平均150億円の赤字が出ると想定する。さらに値上げをしても、黒字化は難しいとみる。置かれた状況はどの鉄道会社も同じだが、東急のように今後も赤字が継続する前提での事業計画はそもそも立てにくいという声も聞かれる。東急の値上げはすんなり認められるか。
東急電鉄は1月7日、国土交通省に運賃値上げの申請を行った。2023年春の実施を目指す。認可されれば、消費税率の変更によるものを除くと05年以来18年ぶりの運賃値上げとなる。改定率(値上げ率)は普通運賃が13.5%、定期運賃が12.1%。現行130円(ICカードは126円)の初乗り運賃は140円(ICカードも同額)に10円(ICカードは14円)上がる。
これは小田急電鉄や京王電鉄を10円上回り、首都圏のJR東日本(電車特定区間)と同額。5km乗った場合の運賃160円(ICカードは157円)が180円(ICカードも同額)に上がり、JRの160円(ICカードは157円)よりも高くなる。

記者は生まれてから約40年間東急沿線に住み続けているが、まさかJRよりも高い運賃を支払う時代が来るとは思ってもみなかった。東急は長年、JRはもちろん他の私鉄よりも安い運賃だったからだ。他の鉄道会社の初乗り運賃が100円以上になっても、東急だけが1995年まで初乗り90円と2ケタを維持していたことは特に印象に残っている。しかし今回の値上げで、初乗りを含めて大手私鉄最安の座を京王に譲ることになる。
東急がこれまで他社よりも安い運賃でも運営が成り立ってきたのは、路線網が東京・神奈川の人口密集地帯に集中し効率輸送を実現できたからだ。1つ目の柱である東横線は渋谷と横浜を結び、朝夕のラッシュ時だけでなく1日を通じて利用が多い。2つ目の柱である田園都市線は、半世紀以上かけて開発してきた「多摩田園都市」に約60万人が居住するようになり、膨大な数の通勤・通学客を生み出した。コロナ前の19年3月期の年間輸送人員は11億8931万人で、大手私鉄でトップ。2位の東武鉄道は9億2643万人(19年3月期)だが、同社は群馬や栃木にも展開しており路線長は463.3kmもある。これに対して東急は104.9kmにすぎず、効率性は際立っている。

ところが今、この強みに逆風が吹いている。コロナ禍で全体の6割を占めていた定期券利用者が急減し、東急の21年3月期の年間輸送人員は8億578万人へと3割以上も減少した。緊急事態宣言が解除された今期は幾分持ち直してきているものの、定期券の運賃収入については依然としてコロナ前の3割減。関東の大手私鉄では最大の減収率だ。通勤定期の運賃収入を月別で見ると、21年は20年の同月実績と比べてもさらに減少しており、下げ止まる気配はない。
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