テレビ東京アナウンサー・角谷暁子と日経ビジネス編集委員・山川龍雄が、世間を騒がせている時事問題をゲストに直撃する動画のシリーズ。第4回のテーマは、香港危機「人と企業の脱出先は?」。中国の強硬姿勢で金融都市、香港の地盤沈下は避けられない情勢だ。民主化運動のリーダーたちはどうなるのか。香港から脱出する人や企業はどこに向かうのか。現地の事情に詳しいジャーナリストの高口康太氏に聞いた。
角谷暁子(日経プラス10サタデー・キャスター、以下、角谷):さあ、始まりました。キャスター角谷暁子の「カドが立つほど伺います」。略して「カド立つ」です。
山川龍雄(日経プラス10サタデー・メインキャスター、以下、山川):はい。毎回、好評いただいていて、前回の動画の再生回数は30万回を突破しました(テレビ東京のYouTubeでも動画を配信しています)。
角谷:ご視聴いただいて、ありがとうございます。
このコンテンツは毎週土曜朝9時30分から7チャンネル、BSテレ東で放送している「日経プラス10サタデー ニュースの疑問」という番組内でお伝えしきれなかったことを配信でお伝えしていこうというものです。山川さんにも引き続き参加していただきます。
今回のテーマは、香港危機「人と企業の脱出先は?」
山川:6月末に香港国家安全維持法が施行されましたが、大方の予想を超えた強硬な内容になっています。
角谷:そうですね。今回、お話を伺うのは、中国や香港の事情に詳しいジャーナリストの高口康太さんです。よろしくお願いします。
高口康太氏(フリージャーナリスト、以下高口氏):よろしくお願いします。

角谷:まずは香港国家安全維持法の内容を簡単におさらいしましょう。
角谷:この法律は中国共産党が香港への支配を強め、民主化運動を徹底的に封じ込めるために、施行された法律と考えられています。
香港にある他の法律よりも優先され、香港の永住者、非永住者の双方に適用されます。さらに外国人にも適用される可能性があるということです。
取り締まる犯罪行為としては、「国家分裂」「政権転覆」「テロ活動」「外国勢力との結託」の4種類を定めています。違反した場合、最大で終身刑が課されます。実はマカオでも同様の法律が2009年から施行されているのですが、こちらは最大で懲役25年。香港はそれよりも厳しい内容となりました。
山川:直前まで、せいぜい懲役10年程度と、マカオよりは緩いものになるだろうという予想もありました。
角谷:はい。蓋を開けてみたら想像以上に厳しい内容だったわけですが、高口さん、どう見ていますか。
高口氏:おっしゃる通り、これほど強力なものになるとは予想していませんでした。しかも、法律の施行と同時に、300人以上が逮捕され、うち10人程度に早くも国家安全維持法が適用されました。運用上もここまで厳しく取り締まるとは、驚きました。
角谷:通常、香港のデモは中国国内ではなかなか報道されないのに、今回は逮捕者が出たことを大々的に報道したようです。「みせしめ」という狙いもあるのでしょうか。
高口氏:そう思います。分かりやすい言い方をすると、習近平(シー・ジンピン)国家主席は「香港に対して一発、ガツンとやった」と誇示したかったのだと思います。そもそも中国本土の人たちの、香港に対する感情はよくありません。
香港経済は1997年の返還以降、低迷気味で、それを中国本土の資金で支えてきました。それなのに香港人は本土の人よりも豊かに暮らしているし、我々を見下している。多くの人はそれを許し難いと思っています。香港人に制裁を加えるのは、国内向けにはアピールになります。
角谷:さて、いつものように疑問をイラストにしてきました。最初はこちらです。「民主化リーダーは今」

この絵で分かっていただけますか。
山川:もちろんです。「民主の女神」ともいわれる周庭(アグネス・チョウ)さんですね。
角谷:彼女に代表される民主化運動のリーダーたちは今、どのような心境なのでしょうか。
アグネス氏はツイッターをこのように更新しています。「私は本日をもって政治団体デモシストから脱退します。これは重く、しかし、もう避けることができない決定です」。ただ、「生きてさえいれば、希望があります」と。
山川:最後の言葉が重たいですね。まず生きることが大事だと。今回、政治団体から脱退するのも、自分の身を守ることを優先した決断だということでしょう。
角谷:そして香港の元議員で活動家の羅冠聡(ネイサン・ロー)氏は「既に香港を離れた」とフェイスブックに投稿しています。
山川:居所は明かせないけれど、香港を離れたと。それくらい身の危険が迫っているということでしょうね。
角谷:高口さん、リーダーたちは、これからどうなるのでしょう。
高口氏:率直に言うと、分かりません。というのは、連絡が取れないんです。実は彼らには香港国家安全法以外の別の目的もあって、アクセスしようとしているのですが、今のところ返事が来ません。多くのメディアとは連絡を絶っているようです。
今回の法律は、解釈次第では外国のメディアと連絡を取り合うだけでも、処罰の対象になる可能性があります。それだけ慎重になっているのだと思います。
山川:ご自身の身の危険もありますが、外国メディアにも迷惑がかかると考えているのでしょうか。
高口氏:そう思います。取材をする際には、今後は細心の注意を払わなければなりません。(注:その後、アグネス・チョウ氏に対する公判が香港の裁判所で行われ、チョウ氏は起訴内容を認めた。8月に判決が出る予定で、報道陣には「収監される準備もしている」としたうえで、「政権による弾圧を阻止できない」と国家安全維持法に対する懸念を示した。)
香港を離れたネイサン・ロー氏は9月の立法会(議会)選挙に立候補を表明していましたが、断念せざるを得ないかもしれません。
また、ジョシュア・ウォン(黄之鋒)氏はかねて、返還から50年目にあたる「2047年まで戦い続ける」と表明していました。つまり一国二制度の期限が来るまで踏ん張り続けるという意味です。しかし、2047年と思っていた期限は2020年に来てしまった。期間が30年近く短縮されてしまった。今はがくぜんとしているのではないでしょうか。
角谷:デモに参加してきた若者の多くは、資産もないでしょうし、仕事の経験やスキルも乏しいと思います。これからどうやって生活していくのでしょうか。
高口氏:彼らは仕事を得るうえで、既に不利を背負っています。
活動家の多くは、香港国家安全法ができる前から、中国本土への入境を禁じられてきました。大半の香港の企業は中国関連の事業を扱っているわけですから、「私は本土には行けません」と言えば、採用されるうえで障害になります。その意味では、既に仕事や生活には影響が出ていたのですが、今後はますます厳しくなるでしょう。
また、活動家以外でも、普段は仕事をしながら、週末だけデモに参加するような人たちがたくさんいました。こうした人たちは、目立った行動を控えるようになるでしょう。そもそも今後はデモがどこまで許されるかもわかりません。香港がどんどん息苦しい場所になっていくのは間違いないと思います。
角谷:2つ目の疑問はこちらです。

香港で暮らす市井の人たちは、現在の状況をどう受け止めているのでしょう。
高口氏:まず、ここ10年くらいにわたって繰り返された抗議活動の根本にあるのは、香港人のアイデンティティーという問題です。
年配の香港人たちは、移民で外から来た人たちが多いので、死ぬまで香港に住むという感覚は、それほど強くありません。働けるうちは香港で働いて、年を取ったらもっと暮らしやすい土地に移るという志向を最初から持っています。ただ、自分たちの生活基盤が不透明になってきたことには、共通して危機感を抱いています。
一方、香港で生まれ育った2世や3世は違います。自分たちは香港人であるという強い自覚を持っています。そういう人たちが民主化運動の中心になってきました。彼らは今回の中国の強権的な動きに衝撃を受けています。自分たちが守ろうとしてきたものが、一気に突き崩されようとしているわけですから。
山川:親中派といわれてきたような人たちも、今回の国安法には、内心反対しているのですか。
親中派も困惑
高口氏:センシティブなことなので、なかなか本音では話してくれませんが、中国があまり強硬になってほしくないと思っています。
風向きが変わったのは、昨年6月に、逃亡犯条例改正案の完全撤回を求めて、200万人近くがデモに参加したあたりからでしょうか。親中と目されていたような人の中からも、デモに賛同しているという声が聞かれるようになりました。
親中派は基本的には、経済や仕事のためには中国と仲良くした方がいいという考えを持っています。その多くは、香港の自由をテコにして、ビジネスを進めてきたわけですから、香港の自由が奪われることには、危機感を抱いているわけです。
制裁で苦しむのはまず香港
山川:今後アメリカが対中制裁を強化するほど、ビジネスの面では、香港の人たちも苦しむ結果になりますね。
高口氏:そうです。金融制裁などを実行すれば、当然、香港経済に跳ね返ってくる。香港人にとっては、先が暗いというか、絶望的な気持ちになるところはありますね。
山川:アメリカの議会を通過した香港自治法案の内容を見ていきましょう。特に今、焦点になっているのが、金融機関に対する制裁です。
香港の自治の侵害に関わった中国や香港当局者への資産凍結やビザ(査証)発給の停止といった制裁が可能になります。また、それらの人物と取引関係のある金融機関は、アメリカの金融機関からの融資が禁じられます。
要するに、中国の共産党が関わっているような金融機関に制裁を課そうとしているわけですが、結果として、香港の経済力や金融機能にもマイナスの影響を与えてしまう。また、現地にオフィスを構える日本やアメリカの企業もビジネスがしづらくなるでしょう。中国にも打撃を与えるけれど、返り血も浴びるということになります。
高口氏:おっしゃる通りです。国際金融都市としての地位が、長らく香港経済を支えてきました。また、金融関係者が現地でお金を落としてくれることで、経済が回ってきた面もあります。そこが揺らいだら、小さな衝撃では済みません。
山川:それが分かっているだけに、トランプ大統領も、どこまで本気で制裁をかけるか迷っているふしがあります。今のところ、この法案には署名するとみられていますが、たとえ成立しても、どこまで厳格に運用するかどうか。
議会は反中姿勢を強めていても、肝心のトランプ大統領は、急所を外しながら、制裁をかけているようにも見えます。本気で中国政府を困らせようと思えば、ドル決済に手を付けたり、輸入関税をさらに引き上げたりすることまで考えられるわけですが、そこに手を付ければ、世界経済や株価にもマイナスの影響が出てくる。
角谷:そうなると、自身の大統領選にも響きますね。
山川:そうです。トランプ政権の国家安全保障担当補佐官だったジョン・ボルトン氏の回顧録が波紋を広げていますが、その中でもトランプ氏の対中姿勢の本音が垣間見えます。
ボルトン回顧録で明かされたトランプ氏の対中姿勢
中国政府に大統領選でのサポートを頼んだとか、香港の問題は中国の国内問題なので、部下に公言するなと指示したとか、あきれるような記述が出てきます。もちろんボルトン氏が一方的に書いているわけですから、真偽のほどは定かではありませんが。ただこれが正しいとすると、トランプ氏が香港の自由や民主化が損なわれることを、強く懸念しているとは思えませんね。
ところで、香港の人たちは、アメリカにどこまで強硬な姿勢で臨んでほしいと思っているのでしょうか。
高口氏:これも悩ましいところで、心が揺れていると思います。もちろん活動家は、中国政府に対して強く出てほしいと考えていますが、一般の人たちは、自分たちの生活も守りたいわけですから。
ただ、はっきりしているのは、世界中の人たちが、香港の問題を忘れないでほしいと思っていることです。1997年の返還以降、日本も含めた世界のメディアは香港への関心を徐々に失っていきました。香港経済が低迷する一方で、中国本土の存在感が急速に高まっていったからです。
これだけデモを起こして、ようやく香港問題を世界のメディアが取り上げるようになった。やはり世界が監視していることが、中国政府への一定のけん制になります。この先も、注視してもらいたいというのが、多くの香港人が望んでいることではないでしょうか。
角谷:では、3つ目の疑問です。

角谷:香港が次第に息苦しくなって、経済力も低下するとしたら、海外への脱出を考える人も多いと思うのですが、高口さんはどんな展開を予想していますか。
高口氏:富裕層の向かう先は、シンガポール、台湾、日本、そしてカナダですね。従来のネットワークがあって、しかもその後、中国や香港に再投資しやすい場所を考えると思います。企業が拠点を移す場所としては、やはりアジア全域をつかさどる本部を置くとすれば、シンガポールでしょう。もちろん日本も対象としては考えられます。
ただ、これは一部の富裕層や留学経験のある若者などの話であって、大多数の香港人は生活の基盤を移すことはできません。
山川:この表にある通り、イギリスや台湾、オーストラリアなど、多くの国が香港からの移民を受け入れると表明していますね。
高口氏:ただ、現実はそれほど甘くはないと思います。例えばイギリスは1997年前に香港で生まれ、パスポートを取得していた最大300万人に定住権を与える用意があると発表しました。しかし、そんな数にはならないと高をくくったうえで、アナウンスしていると思います。
台湾でも香港人の受け入れプログラムが始まりました。確かに移住する人は一定程度で出ていますが、今のところマクロの統計データを動かすほどの規模にはなっていません。
必ずしも移住した先に、幸せな暮らしが待っているとは限りません。異国の地を踏んで、新しい基盤をつくるのは大変だと皆、分かっていますから。
角谷:民主化運動という意味では、台湾が拠点になっていくのでしょうか。
高口氏:そう思います。以前、中国共産党体制などを批判する書籍を販売し、閉店に追い込まれた「銅鑼湾書店」は、台湾で新しい店を出しました。
また、政治亡命ができるような人はアメリカに渡るケースも出てくるでしょう。アメリカの華人団体は積極的に活動していますから。
山川:オーストラリアが最近、中国に強硬姿勢で臨んでいます。新型コロナウイルスの発生源の独立した調査を求める、とモリソン首相が言ったら、中国政府が高関税をかけたり、牛肉を買わないと言ったり、関係が悪化していますね。
高口氏:オーストラリアと中国は関係が近くなり過ぎました。多くの中国人が不動産を買いあさってきました。ロビー活動もあって、政治への影響も問題になっています。そのことにオーストラリアが警戒感を強めているのです。一方、中国側も、これまで経済的に支援してきたのに、手のひらを返したような態度をされて、怒っています。
角谷:物理的に脱出するだけでなく、香港の人たちの感情の行き場はどうなるのでしょう。インターネットやSNSの使用にも制限が加わるようですが。
失われる香港カルチャー
高口氏:香港国家安全法では、ネットに書き込まれた内容も処罰の対象になる可能性があります。今後はネットの活用も萎縮する動きが広がるでしょう。そうなると、香港カルチャーが廃れてしまわないかと心配です。
香港ではネットの掲示板がいまだにかなりの力を持っています。そこに匿名で書き込まれた内容は、つまらないこともあれば、真実もある。その書き込みが軸になって、様々な抗議活動が起こったりもしてきました。そうした動きが失われていくでしょう。
角谷:これまではかなり自由だったのですか。
高口氏:日本以上に建前がないというか、何を書いても許されるところがありました。正直、私が読んでいても、こんなにあることないこと書いていいのか、と感じることもありました。
例えば、ニューヨーク在住の中国人が、中国に行ったこともないのに、共産党高官の愛人遍歴を書いたりしています。そんなゴシップが書籍になっていたりもする。それがいいか悪いかはともかく、独特の香港カルチャーが失われていくのは、寂しく感じます。
山川:高口さん、これから取材はどうするんですか。
高口氏:いやぁ、行きますね(笑)。ジャーナリストですから、現地をリアルで見たいです。そこは覚悟して行かなければならない。
山川:今回の法律は文面を読む限り、外国人にも厳しく、物理的に香港にいなくても、処罰の対象になる可能性があります。
それこそ、香港や中国に足を踏み入れたとたんに拘束される恐れも出てきました。そうやって、外国メディアが萎縮することを狙っているのかもしれませんね。
高口氏:同業者の間でも、警戒感は強まっています。
もともとこの10年というスパンで見ても、中国のメディア環境は、検閲が強まるなど、悪化する方向にありました。その中では香港は比較的自由があって良かったのですが、今後は仕事がしにくくなることを覚悟しなければなりません。
角谷:取材が難しい中でも、私たちは今後も香港に注目していかなければなりませんね。香港に残る人たちがどうなっていくかも注視していきたいと思います。
高口さん、どうもありがとうございました。

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