角谷:先ほどのお話で外国に逃避する動きがあるということでした。ここで一つ見ておきたいグラフがあります。香港における無犯罪証明書の申請件数の推移です。

無犯罪証明書の申請件数
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山川:はい。香港の人がビザを取得するためには、無犯罪証明書が必要になります。この申請件数が増えているということは、それだけビザを取得したい人が増えているということを意味します。

 興梠さん、足元でも香港を離れて移住しようという人が出てきているようですね。

興梠氏:手段がある人はそうしたいでしょうね。例えば親は行けなくても子供はもっと自由な社会で生活させたいという思いもあるでしょう。

山川:資産の逃避についてはいかがですか。

興梠氏:あまり知られていませんが、香港には大陸の投資家も多額の資産を保有しています。彼らは中国に資産を置いておくと危ないという意識が潜在的にありますから、香港に移しているのです。

 中国は政治的な権力闘争が起きると何でもありの世界なので、自分を守ることができない。だから共産党幹部の関係者なども資産を香港に置いているのです。この人たちが、実は今の状況を一番怖がっているはずです。

山川:香港に強硬な措置をとる中国の政治家たちも、内心、穏やかではないと。中国も香港も安全ではないとすると、次はどこに移そうかと考えているわけですね。

興梠氏:金融資産だけでなく、不動産もそうです。今後、香港の不動産を売却して、共産党の支配が及ばない地域に資産を置くという動きが出てくるかもしれません。

角谷:根本的な疑問ですが、香港の中にいる人たちが資産を移そうとしているのに、そんな場所が今後も金融センターとしての地位を保ち続けられるのでしょうか?

アメリカの制裁は「限定的」?

興梠氏:アメリカがどこまで制裁をかけてくるかにもよります。香港に与えてきた優遇措置やドル決済機能にまで本気で手をつけてくると、中国も応戦せざるを得なくなる。そうなると、香港は活力を失っていくでしょう。

 ただ、中国はアメリカの制裁は限定的になると思っているふしがあります。中国の本音が一番、よく出るのは人民日報系の環球時報という新聞ですが、その社説には先日、要約すると、こんなことが書かれていました。

 「アメリカは香港に対して貿易は黒字だし、金融ビジネスでももうかっている。制裁を強めれば、自分を傷つけることになる。香港に対する優遇措置を奪ってしまえば、香港人を敵に回してしまう。だからアメリカは限定的な制裁しかできない。特に金融には手をつけないだろう」

 実際にそうなるかは分かりませんが、中国側はアメリカの本気度を見透かしているようなところがあります。

山川:このインタビューは5月30日に収録していますが、ちょうどトランプ大統領が記者会見で以下のような制裁のメニューを示したところです。

トランプ大統領会見 主なポイント
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山川:「香港へのビザや関税の優遇措置見直し」「中国や香港当局者への制裁」「脅威となる中国人の入国禁止」などを挙げたようですが、興梠さんが指摘する通り、金融や決済に関する制裁は現時点では見当たりませんね。さらなる対中関税の引き上げにも言及していません。

 やはりアメリカも、経済やマーケットが傷むような制裁は避けているように見えますね。

興梠氏:その通りです。むしろアメリカでは議会のほうが強硬です。上院には超党派による法案が出されていて、米銀との取引を制限するとか、中国の銀行にドル決済をやらせないとか、過激な制裁内容が示されています。ただ、トランプ大統領は今のところ言及していません。

 逆に言えば、中国にとって大きな痛手になるような制裁メニューは見当たりません。一部の中国人の入国禁止は以前から示されていたことだし、中国や香港の関係者の金融口座を凍結したとしても、大して困るわけではない。

 むしろ、香港に与えてきたビザや関税などの優遇見直しは、香港人が困ります。これもどこまでアメリカが踏み込むかは分からない。少なくとも中国側は、香港人を敵に回すような制裁は限定的になるだろうと見ています。

山川:確かに香港への優遇策を見直せば、中国も困るでしょうが、それ以上に現地に住んでいる人が困るわけですね。

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