はとバス本社の車両基地に駐車する観光バス。はとバスは緊急事態宣言の発令に伴って1月9日から運行を停止している(写真:都築 雅人)
はとバス本社の車両基地に駐車する観光バス。はとバスは緊急事態宣言の発令に伴って1月9日から運行を停止している(写真:都築 雅人)

 東京都大田区に立地するはとバス本社の車両基地は、都内で見慣れた黄色い観光バスで埋め尽くされていた。平時ならば車両が出払い、野球ができるほど広い駐車場が満車になる様子は、同社の経営の厳しさを物語っている。

 菅義偉首相が1月7日に1都3県(東京、埼玉、千葉、神奈川)に対して発出を決めた新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく緊急事態宣言は、現在までに11の都府県にまで対象地域が拡大。感染拡大を防止するためやむを得ない措置ではあるが、2020年に続いて2度目の緊急事態宣言は経営悪化に苦しむ企業の体力をそぎ落としている。観光バス事業の運営がゼロになったはとバスの塩見清仁社長に経営の現状を聞いた。

<span class="fontBold">塩見清仁氏</span>。株式会社はとバス代表取締役社長。1959年生まれ。中央大学法学部卒業。83年、東京都入都(交通局)。2015年に交通局長、16年にオリンピック・パラリンピック準備局長、17年に生活文化局長、19年に主税局長を経て20年7月に都を退職。同年9月から現職(写真:都築雅人)
塩見清仁氏。株式会社はとバス代表取締役社長。1959年生まれ。中央大学法学部卒業。83年、東京都入都(交通局)。2015年に交通局長、16年にオリンピック・パラリンピック準備局長、17年に生活文化局長、19年に主税局長を経て20年7月に都を退職。同年9月から現職(写真:都築雅人)

昨年12月下旬からGoToトラベル事業が一時的に停止され、年が明けて再び緊急事態宣言が出されました。観光バス事業やホテル事業の経営はどのような状況なのでしょうか。

塩見清仁社長:緊急事態宣言の発令に伴って、1月9日から2月7日まで全コースを運休しています。コロナ禍が日本でも拡大した20年4月から外国人利用者はゼロが続きます。それでも、同年6、7月からは徐々に国内の利用者が戻ってきました。GoToトラベル事業の恩恵で潮目が変わったことから、秋ごろには月次利用者数が前年同月比で3割ほどまで回復していたのです。当社ははとバスなどの観光バス事業のほかに、築地で銀座キャピタルホテルの運営をしています。しかし、ホテルの売り上げは直近で前年同月比1割に満たない状況で、観光関連ビジネスは非常に厳しい経営が続いています。

 景況や環境に左右されにくい事業として品川でオフィスビルを運営したり、東京都から都営バスの一部路線の管理受託をしたりしています。しかし、事業の軸足は観光にあるため、会社全体の収益を支えるには至っていません。資本も傷んできています。感染症の拡大に苦しむ今は金融機関も“傘”を奪うようなことはありませんが、コロナ禍が明けたときは分からない。聖域なく事業全体を見直す必要があるでしょう。人の移動、人々の接触が多くなる観光産業はウイルスに弱いため、この状況はいかんともしがたいのです。

 キャッシュフローがどこまで回せるかはコロナ禍の収束次第になっています。観光事業は今夏の東京五輪・パラリンピックが開催されなければ、経営のV字回復は難しいでしょう。理想を言えばGoToトラベル事業が再開され、そのまま五輪につながる環境が望ましい。しかし、先行きは不透明です。極端な話をすれば、バスの運行規模やホテル経営も見直して、事業継続が可能な経営の規模を再考しなければならないかと思っています。昨年はできなかったお花見の時期までに経営環境が改善しなければ、最悪のシナリオも考えておかなければなりません。

経営に急ブレーキがかかる中で行政からの助成は十分と言えるのでしょうか。

塩見社長:行政による助成制度は中小企業を主眼に置いているため、当社のような中堅企業が該当しない場合もあります。資金繰りを維持するためにも、中堅企業に向けた助成があると大変助かるのですが・・・。雇用維持のための雇用調整助成金にはお世話になっています。平時ならばバス運転手などは常に人手不足です。はとバスの運転手やガイドはほとんどが休業していますが、雇用を守るための助成金があるのは大変ありがたい。ただ、経営としてはずっと休業状態でよいものかと頭を悩ませています。実は、昨春入社した新入社員がいまだに「はとバスデビュー」できていないのです。

 当社では例年、3月中旬に入社したバスガイドは、1カ月ほどの初期研修を実施します。そして4月末からのゴールデンウイークにデビューするのです。しかし、23人採用した20年入社組はまだ1人もガイドを経験していません。昨秋のGoToトラベル事業で利用者が戻ってきた時期に新人を使うわけにもいかず、活躍してもらえるタイミングをうかがっていました。その間に新しい感染拡大の波が来てしまったのです。

 若い従業員向けに寮があるため、出社はしなくとも従業員同士のコミュニケーションは取れていると思います。ただ、先の見通しがつかないため数人の新人が退職しました。今年も採用活動を継続していますが、雇用を守るためには助成金に頼るだけではなく、例えばコールセンター事業を請け負うなどの対策が必要になるかもしれません。

バスの巨大迷路企画は現場で生まれた

昨年は「バスでつくる巨大迷路体験」などユニークな企画で利用者をつなぎとめました。どのようにアイデアを具現化しているのでしょうか。

はとバスは昨秋、「バスでつくる巨大迷路体験」などユニークな企画で利用者をつなぎとめた
はとバスは昨秋、「バスでつくる巨大迷路体験」などユニークな企画で利用者をつなぎとめた

塩見社長:巨大迷路は中村靖前社長のもとで実現した企画ですが、もともとはバスガイドのアイデアから生まれました。バス車内の換気性能の高さを利用者に理解してもらうため、車内に充満した煙があっという間にクリアになる体験を広めるイベントの集客を考えました。そこで、せっかく高い技術を持っている運転手が多く、これだけ多くのバスが車両基地に停車している機会はないのだから、車体を壁に迷路をつくるという発想が出てきました。メディアにも取り上げられて宣伝効果も大きかったと思います。培ってきたはとバスブランドがあってこそ実現したイベントでした。

 トライアル・アンド・エラーができる環境をつくり、自由な発想を引き出すことは大切です。そして本業の観光事業ができず、不条理な状態に置かれているからこそ、誠実かつ着実に準備を進める必要があります。緊急事態宣言の発令が解除されれば、利用者はまた戻ってくるはずです。そのときに安心、安全を確約できるサービスが提供できなければなりません。まずは感染対策を徹底するなど一歩一歩進めることが大事です。NHKの朝の連続テレビ小説「エール」で、「どん底に大地あり」という言葉を知りました。踏ん張れる足場が分かれば再起できます。

経営を継続するために今できる努力とはどのようなものでしょうか。

塩見社長:例えば、感染予防のためにワクチン接種が始まれば、通知が届いた従業員にはすぐに受けてもらうなどの対策を考えています。こうした準備を進めながら、コロナ禍が長期化するケースも想定しておかなければなりません。経営については自分たちで頑張れるところまで頑張りますが、クラウドファンディングなどによるツアーの先売りなどで利用者に支援してもらう方法もあるでしょう。最大限避けたいですが、もし現在の状況が1年も続けば、経営に大ナタを振るって事業活動の規模を再考しなければならない。できれば、そうなる前にワクチン接種で集団免疫を高め、旅行需要が喚起されることに期待しています。

 感染拡大が落ち着けば国内旅行者が戻ってくるでしょう。海外旅行の再開には時間がかかると思われるので、まずは3密を避けた国内のマイクロツーリズムが増えるのではないでしょうか。東京観光も需要が戻り始めた好機をいち早くつかんで、時節に合った企画を売り込む準備を進めなければなりません。移動の安全が保証されれば、観光に対する欲求は必ず戻ります。それを信じて、はとバスブランドを守ることが私の使命です。

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