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国内屈指の老舗蔵元、新政酒造(秋田市)がしぶとさを見せている。新型コロナウイルスのあおりを受けて苦境にある地酒業界だが、根強いファンを持つ新政にとってはどこ吹く風だ。純米酒しか造らず、酒造米は秋田県産のみ。仕込み桶(おけ)には木を使い、信頼できる酒屋にしか卸さない。2007年から経営に関わり、創業168年の名門をマニア受けする先鋭的な会社に仕立て直したのは、「日本酒界のスティーブ・ジョブズ」と呼ばれることも多い8代目当主、佐藤祐輔社長(46)だ。佐藤氏は老舗をどう変革したのか。

新型コロナの影響で、飲食店を主要顧客とする地酒専門店の経営が厳しくなり、多くの蔵元が苦しんでいます。

佐藤祐輔・新政酒造社長(以下、佐藤氏):大問題です。ここ数年は地酒の良さが見直されて業界も上向いていたのですが、コロナで全てが吹き飛んでしまいました。地酒を扱う酒販店のお客さんは8~9割が飲食店で、共倒れ状態になっています。ブランド力のある蔵はまだいいのですが、原料の米の代金すら払えない蔵も出てきました。

佐藤祐輔(さとう・ゆうすけ)社長
1974年生まれ。新政酒造8代目蔵元。東京大学文学部を卒業後、東京でライター・編集者として活躍。2007年に新政酒造入社。こだわりのある日本酒造りを貫いて会社を立て直し、12年に社長に就任した。秋田県内の4人の若手蔵元とともに「NEXT5」を結成し、技術交流などで協力。コロナの逆風に対応するため組織された地酒の全国組合でも中心的な役割を果たす。

そんな中、新政はほぼ影響を受けていないと聞きます。

佐藤氏:新政のお酒が好きだと言ってくれる人がいて、結果的にそうなっています。特徴のある酒造りをしてきました。需要はあるので、社会変化への対応力はあるのだと思います。

「万人受けする美味しさ」は捨てた

老舗の新政を抜本的に改革し、従来の常識を覆す日本酒を出す先鋭的な蔵元へとつくり変えました。30代で家業に入るまで、文筆業をされていたそうですね。

佐藤氏:フリージャーナリストとして、食品添加物関連など消費者問題がらみの記事をよく書いていました。大学で専攻していたのは英米文学で、カウンターカルチャーがベースにあり、ロックバンドも組んでいましたから、リベラルな方面にいくのは自然というか。

 もともとは蔵を継ぐつもりはありませんでした。30歳を過ぎて日本酒のうまさに気づき、日本酒を造りたくなって2007年に実家に戻ったのですが、会社は債務超過間近の状況でした。新政という名前は通っているので簡単には潰れないとしても、そのままなら銀行管理かM&A(合併・買収)の対象になる。「せっかく帰ってきて、自由に酒造りができなくなるのは嫌だな」と心底思いました。

何から始めたのですか。

佐藤氏:まず、業界の構造を把握する必要がありました。日本酒は1970年代前半が一番売れていた時期で、そこから40年以上、一貫して生産量が落ちていました。大きな変化なら危機感も持てたのでしょうが、じわじわと市場が縮んだので、大手も中堅も何もしてこなかった。経営がボロボロなのは新政だけではなかったのです。普通にやっても、市場の構造変化に巻き込まれてうまくいかない。だから、自分ができることを考えました。

 私は日本酒を愛しているので焼酎など他のお酒は絶対に造りません。だから単純に、どんな日本酒を造れば先があるのか。短期的な傾向としては(売れ筋が)純米や大吟醸にシフトしていたので、とりあえずは純米に絞りました。ただ、それではレッドオーシャンすぎる。自分の蔵で特徴はないかと見渡したら「6号酵母」の発祥蔵でした。